ふーっと息を吹きかけると、手のひらに乗った固い泡がぼたりと湯船の上に落ちた。両手でもういちど泡をすくって、同じように泡を吹き飛ばす。外国のマンガみたいな泡あわのお風呂が楽しくて、あたしは飽きずにずっと遊んでいた。バスバブルとかジャグジーとか、ここのお風呂はおまけがたくさんあってとっても楽しい。バスルームの壁面がガラス張りになってて、向こうの部屋から丸見えなのがちょっとアレだけど。ラブホテルなんだからしょうがないか。
 さっきまで銀ちゃんも一緒に入っていたけれど、準備しよ〜♪って浮かれた顔してさっさと先に出てしまった。なんの準備をしているんだか、考えると怖くなる。
 はああ、とあたしは長いためいきをついた。
 あたしだって好奇心あるし、銀ちゃんとエッチすんのはどっちかっていうと好き。嘘です。すごく好き。
 でもおもちゃで遊ばれるのだけはちょっとキライだ。なんどかさせられたけど、銀ちゃんはなんだか好きみたいだけど、なにがいいんだかよくわかんない。なにされるんだかホントに憂鬱。
 そしてそのうえこのラブホ代、きっとが払うんだ。なんたる理不尽!家じゃ恥ずかしいからホテル行きたいって言ったのは、そりゃあ確かにあたしだけども!
 いっそこのまま時間まで、お風呂に浸かっててやろうかと思ったけど、お湯が冷めてうすら寒くなってきた。あたしは泡のかたまりにやつあたりのパンチをくらわして仕方なく外へ出た。
 

「え、えげつなー…」
 バスタオル一枚だけ巻いて出ると、部屋のライトがショッキングピンクにされていた。
 そして大きなベッドの上では銀ちゃんが、自分はちゃんと服を着て待っている。いちばん上の着物だけは脱いで椅子の背にひっかけてるけど、シャツとズボンはしっかり着こんでボタンひとつ乱れていない。
 はあ、と再びためいきがこぼれた。もう意地悪が始まってる。
「どうしてまた着てんの?」
「待ってる間寒くてよぉ」
 ぜったい嘘だ。あたしだけ裸にして、恥ずかしさ倍増させるつもりだ。準備ってこれか!
 せめてもの抵抗に、あたしはベッドの上に這い上がって枕元のパネルをぷちぷちでたらめに押してやった。照明が普通色のダウンライトに変わると銀ちゃんががっかりと何か言いたそうな顔をした。文句でもあるんですか?

「はい…それじゃーどうぞ」
 あたしもベッドの上にぺたりと座った。色だけは可愛らしい大人のおもちゃがすぐ横に放り出されている。ひとつは見覚えのある淡い水色。長いコードとリモコンのついた、親指くらいの大きさの丸っこいカプセル型。それからもうひとつは。
もうひとつ?
「なんか一個増えてるんですけど!!」
 これでもかってくらい男の人のアレの形をした、ピンク色のものが転がっていた。買ったのか?アンタわざわざ新調したのか!?銀ちゃんはわざとらしく目をそらした。
「だって〜、がおもちゃで好きなだけ遊んでいいって言ったし〜い」
「好きなだけなんて言ってないよ!」
 うわあ、こんなの入れる気?本物のバイブレーターなんかもちろん初めてだったので、あたしは思わずまじまじと観察してしまった。プラスチック製の持ち手に、ピンク色のゴムでかたどった男性器がくっついてる。根元がちいさな二股になっててそこにもゴムでとげとげが。触ってみると見た目よりはぷよぷよとやわらかい手触りで、小さめなサイズなのが救いだった。そのへんは考えて選んでくれたんだろうか。どっちにしろ気の遣い方間違ってるけど!
「口開いてんぞ」
 銀ちゃんがにやにやとこっちを見てた。あたしは口を半開きにしておもちゃに見入ってた。
「オモチャ見てコーフンしてんの?」
 かーっとして銀ちゃんに殴りかかったら、その手をとられて抱き寄せられた。
「大丈夫だってぇ。俺がの嫌がることしたことある?」
 今してるじゃん!ものすごくイヤがってんじゃん!不平顔のあたしをなだめるように銀ちゃんがにそっとちゅうした。すぐまたそうやってごまかす。絶対ごまかされないからね!絶対。絶対…。はほんとに怒って…。
「ん…」
 銀ちゃんが、お風呂で冷えてたあたしの身体を優しく抱きしめてくれた。くやしいけどあったかくて気持ちいい。振り上げた手から力が抜けた。あたしって本当に簡単な女だ…。
 口の中を深く味わいながら、銀ちゃんはむぎゅっと音がするくらい力をこめてあたしの胸をわしづかみにした。邪魔なタオルは剥がしてしまって、下から上に持ち上げるようにたぷたぷと揉む。じっくりと、の身体をほぐすように。そのままぱたり、とべッドに押し倒された。
 ぺちゃぺちゃ音をたてながら、舌と口唇をたくさんしゃぶられた。ほっぺにもかぶりつくようなキスをされる。も銀ちゃんの体に手をまわした。積極的にキスに応える。の口に這入ってくる銀ちゃんの舌を軽く噛んだり吸ってみたり。大きくお口をあけて銀ちゃんのよだれいっぱいもらったり。
 あたしは組み敷かれた足を銀ちゃんの股間にこすりつけた。ちょっと恥ずかしいけども、が今、銀ちゃんのキスで感じちゃってるってことを隠さず教えてあげる。が気持ちよくなってるの見て、銀ちゃんにも同じくらい気持ちよくなってほしいな、と思う。そんであわよくば…。
「このままオモチャ忘れたりはシマセン」
 銀ちゃんがローターを取ってスイッチを入れた。あああ見抜かれてる。あたしバカみたい。
 銀ちゃんはの上で上半身だけ少し起こした。
「怒ってんの?こんなことする銀さんキライ?」
 あたしの目を覗き込んで笑ってる。意地悪っぽいけどちょっとだけ優しい笑顔。銀ちゃんはよくこうやって聞くけどキライって言わせたいのかな。
 横を向いた。首をふった。すねた声音でつぶやいた。
「…好き」
 なにされたってきっと好き。わかってるくせに。


 ウーン…て小さな音をさせて、カプセル型のからくりがふるふる振動し続けていた。銀ちゃんはおもちゃをつまみあげると、のわき腹に軽くあてた。震動を感じたところから、鳥肌がじわじわ広がっていく。その手が移動してわきの下で止まると、今度はくすくす笑いがこぼれた。
「ひゃひゃ、くすぐったい」
「へー」
 銀ちゃんはメモでも取りそうな興味しんしん顔だった。じゃあここは?って次は鎖骨に触れた。
「んー…。くすぐったくもないし…、別に…ひやっ」
 おもちゃがあたしの首筋にふれるとぶるるっ、と身体が震えた。が声をあげたあたりを銀ちゃんが細かく調べていく。
「このへんは?」
「ひゅん…そ、それちょっと…ふあん!」
 かくんと上を向いて首がのけぞった。
「あー、やっぱり。お前ここ好きだもんなァ?」
 銀ちゃんがニヤリとして、首筋を何度もおもちゃでなぞる。基本くすぐったいけどそれを通り越した瞬間に時折ぞくぞくする。銀ちゃんはおもちゃを押し付けてるのと反対側の首筋に、ちゅうっ、ときつく吸いついた。
「あんっ、ダメ、そこ痕つけちゃやだっ」
 着物が着れなくなっちゃうから。
 ん、じゃこっちな、って銀ちゃんは代わりに顔を胸に埋めた。左の乳房にかみつかれたみたいなするどい痛み、銀ちゃんが口を離したら、そこに小さな赤い腫れが残った。あちこちに繰り返されて白い肌の上に真っ赤な跡がたくさんついた。おもちゃがその痕跡をたどるようにすべっていく。
 触るかさわらないかくらいの強さで乳首の上をそーっと動く。感じるのは細かな振動だったけど、なぜだか胸がどきどきしてきた。こんなのより本当は銀ちゃんの指でいじられたいのに、それでも恥ずかしい突起はそのうち固く勃ちあがり、少し強めにおもちゃを押し付けられるとせつない声がもれた。
「あ…ふ…」
 うるみはじめた視界の中では、銀ちゃんが普段とあまり変わらない顔であたしのことを見下ろしていた。
 そうかあたしはこの冷静な銀ちゃんがきらいなんだ。だけがどんどん正気を無くされていくのに、余裕たっぷりにそれを見ている銀ちゃんが。
「銀ちゃんはあ…、のこともぉ、オモチャだと思ってんだぁ…」
 銀ちゃんが吹き出した。舌ったらずな言い方がいかにもコドモっぽかったからか?
「そうかも。いいじゃん、いちばんお気に入りのオモチャなんだからよ」
 そんなのあんまりうれしくないよ。笑いながら銀ちゃんはの横に手をついて、体の上におもちゃをまたすべらせ始めた。震動が反対側の乳首、それからおなか、わき腹を通って太ももに。だんだんと太ももの内側へ。指でとんとんって太ももをつつかれた。足開けって意味。あたしはおとなしく従った。ひざをたててなるべく気持ち的に恥ずかしくない姿勢になるようがんばった。
 分類するとまだ太ももに含まれるくらいのぎりぎり外側から、銀ちゃんの手がじわじわと身体の中心へ。あたしはひじをついて頭を少し持ち上げると、その手の動きをじっと目で追った。つたわってくる震動で頭がいっぱいになってくる。ごくりと唾をのんだ。
 ああだめだ。期待しちゃってる。銀ちゃんの顔を見た。あたしを見て笑ってた。
「ウソつけねーのな、お前」
 銀ちゃんの指が、いちばん外側の丘に届いた。少し遅れて固い震動がそこをくすぐる。震える場所がだんだん上へ。いちばん感じる芯のところへ。
「んっ…」
 実験でもしてるみたいに、おもちゃを敏感な部分に近づけたり離したり。でも絶対に強くは触れてこない。ゆるくて心地いい震動に身体の力が抜けてしまう。時々さわる銀ちゃんの指の感触で、蕾が固く充血してきてるのがわかる。甘えた声が小さくもれはじめた。
「んふっ…ふあ…ん、そこ…」
「ここ好き?」
「うん…きもちぃ…。すぐいっちゃいそ…」
 銀ちゃんがおでこをなでてくれた。
「だぁめ。ちょっとだけガマンな?」
「はぁい…がまん…する…」
 ぴたり、と震動が止まった。おもちゃがひだの間に割り込んできて、粘液でぬるぬるの入り口を探ってる。怖くなって銀ちゃんの袖をつかんだ。
「なぁに…?」
「大丈夫大丈夫」
 銀ちゃんの中指ごときゅっと押し込まれて、ぬるりとちっちゃな塊が体の中に侵入してきた。びくん、と腰が持ち上がった。
「ひゃっ、やだ、そんなの、入れちゃ…」
「大丈夫大丈夫」
 銀ちゃんが伸びたコードの端を握ると、中でおもちゃが震え始めた。
「やああんっ!」
 内側から壁の中を刺激されるはじめての感覚。固くて容赦ない刺激が身体を一本の線で貫くような。あたしは大きく腰を持ち上げてのけぞりかえった。
 でもあたしの喉から出てくるのは、自分でも聞いてて恥ずかしくなるような媚びた声だ。
「あっん、あん、もう、あんっだめ、それぇっ」
「う〜わ。すごい格好。あそこからコード出てんぜ」
「ば、ばかあ!」
 銀ちゃんがそのコードを引っ張って、ずるん、とおもちゃを引き抜いた。抜ける瞬間、喉からはさらに派手な甘ったるい声が出た。
「あああんっ」
「お?」
 新しい遊びを見つけた銀ちゃんは憎たらしいほど嬉しそうな顔をした。くちゅっ、て音がしてあたしの中にまたおもちゃが入ってくる。コードを引っ張ってすぐにまた抜く。そのたびに勝手にこぼれてしまう、イヤになるほど大きなよがり声。ここがラブホでよかった。それともこんなところでしてるから、油断して大きな声を出しちゃうのかも。どっちが先かわかんない。
 何度も入れたり抜いたりされて、あそこの奥がきゅん、としてきた。
「んー…」
 足をすり合わせる。銀ちゃんの袖を引っ張っておねだりしたらまた笑われた。
「中にいっぱい欲しくなっちゃったぁ?」
「ふゅん…」
「さあそこでこれの出番ですよぉ」
 歌でも歌い出しそうな弾んだ声で銀ちゃんはバイブレーターを手に持った。
 そこはすっかりほぐされてる。あったかくて柔らかくなったあたしの肉に、銀ちゃんが今度は、グロテスクな形したおもちゃの先っぽをあてがった。冷たいゴムの感触にあたしは思わず正気に戻って腰を引いた。
「やっ!無理無理無理そんなの入んないよう!」
「入る入る。俺のモンより全然小せえし」
 角度を変えてぐちっ、と強引にねじこまれた。
「んっ……くぅ…」
 低い唸り声が漏れた。顔が歪む。あたしは腕をあげて顔を隠した。
 絶対無理に思えたそれは、どこかの壁を越えたらあとはするりと簡単に呑み込まれた。あたしの中はたっぷり濡れてて動かされても痛くない。けどやっぱり大きな異物感。手でさわった時はずいぶんやわらかい気がしたけど、挿入されてみるとぎっちりとすごく硬い。本物の銀ちゃんの方がもっと硬いのに、だけどあっちはあたしの締め付ける力をもっとそうっと受け止めてくれるかんじ。
「お顔、」
 銀ちゃんに腕をつかまれる。顔だけじゃなくて、頭のてっぺんからつま先まで、嘗めるようにじっくりと見られた。銀ちゃんがとっても楽しそう。そんなにいやらしいことになってますか。
 銀ちゃんは奥まで挿入したおもちゃをゆっくりと抜き差ししはじめた。喉がふさがれたような胸がつまるようなヘンな気分。いつもの気持ちいいのとは全然違うけど、そのくせあたしの頭はどんどん熱くなって、吐く息も切れ切れになってくる。
「なぁ、どんなカンジ?」
 銀ちゃんが尋ねる。
「わ…わかんないっ、よ…」
「気持ちいい?」
「きゅぅん、」
 おもちゃがあたしの中で震えてうねりはじめた。根元の二股になってたところがちょうどクリトリスに当たって震えてる。びくん、とからだが大きくひとつ脈打った。機械的な刺激が無理やりな快感をよびおこす。おかしくなりそう。
「ああんっ、あっ、あ、あっ、やっ、やだぁ、やっ…」
「腰動いてんじゃねえか、気持ちいいんだ?」
「ちっ、違う、のぉ」
 意識を持っていかれそうな強烈な感覚。でもこれを気持ちいいって言っていいのかわかんないの。なんでわかってくれないかな。
「なんでわかんねえかな」
 おもちゃを夢中で動かしながら銀ちゃんがなんか言ってる。
 銀ちゃんの目のまわりだってちょっと赤い。が悶えてるの見て興奮してる。
「自分でやっちゃあ銀さん興奮し過ぎちゃって…」
 ぐいっ、と深く押し込まれた。突き当たりに当たって腰がびびくんっ、と持ち上がった。
「ああんっ、」
がこんなに可愛くなってんの楽しめないだろぉ?」
「やあんっ、だめっ、それ、あっ、あっ、しないでっそれっ」
「違うだろ?してくださいだろ?これ大好きって知ってんぜ?な?」
 銀ちゃんの手が速くなった。速く深く、がくがくがくがく。すごく奥まで。なんどもなんども突き上げられて、その一方で前の蕾をこねられて、つぶされる。ぶるぶるする。ぞくぞくする。内壁も擦られる。二ヶ所同時に刺激されてもう限界。
「や、だめっ!、いっ…」
 ふわりと背中が浮き上がった。腰の後ろと頭の後ろが同時にぱしん、と弾けた気がした。
「やんっ、あっあっ、なんかっダメ、ヘンなのっ!」
 足の指から順番に、身体の力を吸い取られていくみたいな、痛いくらいの痺れだった。がくん、と大きく身体が跳ねて、けどそのあとにも繰り返し繰り返し波が来た。そんなの初めて。からだがびくん、びくん、と5回も6回も痙攣して、それでもまだ止まらない。
「ああっ、あっ、はあっあっ銀ちゃんっ」
 銀ちゃんの襟をつかんでしがみついた。見られないように恥ずかしい顔を押し付けて隠した。身体の中でまだおもちゃがうねってる。足の先が突っ張って反り返る。
「はあっ…ああ、んんっ、んっ、んっ…やあぁ…」
 繰り返し襲ってくる絶頂がだんだん弱いものになっていって、やっとあたしは解放された。



「…すご…」
 目を閉じて、何度も浅く息をした。背中がずっしり重たくて、手足はもちろん体中の力が抜けたままもどってこない。おなかのすこし下あたりで銀ちゃんの声がして、下半身にずっとあった固いものがずるり、と抜けたのがわかった。なにがどうすごいことになってるのかなんか考えたくもない。
 銀ちゃんがあたしの横に這ってきた。
「気持ちよさそーな顔しちゃって」
 息がきれて、すぐには何も答えられなかった。銀ちゃんが、汗ばんで頬にひっついたあたしの髪の毛をはらってくれた。ゆっくり目を開けると、の恥ずかしいところをたっぷり見れて、満足そうな銀ちゃんの顔。
 あたしは力なく首をふった。いっちゃった後の、ぼやけた視界に銀ちゃんをつかまえて、やっとその目に焦点をあわせた。それから呼吸をととのえて、間延びしたしゃべり口でやっと答えた。

「ちがぁう…。本物の…、銀ちゃんののほうがぁ…、もーっと気持ちいーんだから…」

 銀ちゃんの口の端がひきつった。
 くうっ、て変な声を飲みこんで、それでもまだ余裕の表情を作ろうとしたみたいだけど、失敗してついにお顔が嬉しそうにニヤけた。
「くそっ、なんでお前そういうカワイイこと言うわけっ?!」
 がばっとあたしに抱きついて、激しくキス攻め。顔から首筋からつま先まで、体中をくまなく舐めまわされて、あたしの口からはとんでもない声が出た。
「やああああんっ!」




 その夜は、そのあと何をされてもずうっと大きな声が止まらなくて、あたしは酸欠で回らなくなった頭の片隅でずっと思ってた。
 ここが家じゃなくて本当によかった。





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