耳のすぐそばでささやく声がした。よく通る乾いた、心地よい声。
「姉さん、そろそろ目ぇ覚ましな」
 固くて薄くて冷たいもので頬をぺちぺち叩かれて、は目を瞬かせた。なぜだか頭がずきずき痛む。
 しばらくぼーっとしているうちに、頭にかかったもやはだんだんと晴れていったけれど、ほとんど正気に戻ってもまだ、には自分の置かれた状況がさっぱり理解できなかった。
 暗く湿っぽい畳の間に、は襦袢姿でつながれている。固く毛羽立った麻縄がひじのあたりで体をがんじがらめに縛り上げていた。背中から伸びた縄の端は天井に高く吊り上げられて、背伸びしてやっと爪先で立っているような有様。きつく食い込んだ縄のせいで胸の丸みが妙に強調されているのが恥ずかしくてならない。
 どうしてこんな格好にされているんだろう。どうしてこんなところにいるんだろう?
 そしてどうして目の前に、沖田総悟がいるんだろう?

 総悟はいつもの制服姿。片手に裁縫で使うような、竹製の物差しを持ってニヤニヤとを眺めていた。が店でよく見るいたずらっぽい笑顔だ。
「沖田さん…。なんのいたずらですか、これ…。痛いです。離してください早く…」
 つま先立ちではふらふらして体が安定しない。身動きすると綱がきしきし音をたてた。後ろへひねりあげられた腕も、無理に伸びているふくらはぎも、痛くて悲鳴をあげている。
「いたずら?ちげえねえ」
 総悟は楽しそうに口の端をあげた。そしておもむろにの髪をつかんで引き寄せると、噛み付くようにに口づけた。
「んっ!んーっ?!」
 身をよじって嫌がるを乱暴に舌で犯す。両手で乳房をわしづかみに揉むとの抵抗はいよいよ激しくなった。けれども拘束された体では、いくら暴れようとも総悟はびくともしない、かえって愉しそうな顔になるばかり。
「や…っあっ、んっ、んんんんんんっ!!」
「んげっ…!」
 総悟が急によろめいてから離れた。腹に渾身の膝蹴りが決まったのだ。
「なっ、何しやがんでぃっ」
「こっちのせりふよっ!何すんのよ!!」
 は息をきらして総悟を睨みつけた。
「なんなのこれ!今なら許したげるから、さっさとこの縄解きなさいよっ!いいかげんにしないと怒るわよっ!!」
 の態度が豹変した。総悟の背筋がちりりと粟だった。そうそう。こうでないと。
 店でにこにこしている顔はこの娘のほんの一部だと見定めていた。この気丈な姿。肩肘張って自分を叱りとばす声に総悟は胸がつまりそうだ。
「バカっ!変態っ!シャレんなんないのよっ!!」
 そのうえのこの姿。芯から気が強いってわけじゃないのも総悟にはわかる。
 総悟は手にした竹尺をひゅんとしならせた。ぴしり、と小気味のいい音がして、の左頬にひとすじ真っ赤な線が走った。
「ぃ…っ…」
 思ったとおり。は途端に黙りこくってしまった。隠しきれない怯え混じりに総悟を凝視する。ほら。たったこれだけで。
 すぐ向こうに脆さの透けて見える虚勢。これがまたいいとときめいた。
「な…なに、なにすんのよっ!!」
 それでも精一杯の空元気で怒鳴り声を上げるに、総悟は竹尺を振り上げてみせた。ひっ、と息をのんではすくみあがる。
「なんでぇ、威勢のいいのぁもう終いですかぃ?」
 総悟は物差しでぺたぺたと自分の手のひらを叩いてみせた。罪人を責めるのにこんな可愛らしい得物など使わない。これは総悟がのためだけに、特別に用意した遊び道具なのに。
 総悟はもう一度を打った。左肩に鋭い痛みを感じて、が小さな悲鳴をあげる。くるりと手首を裏返すと、今度は右肩がぴしりとはじけた。
「ほら、どうしましたぃ。怒ってみなぃ、姉さんよ」
「やっ!!痛っ!いたっ!」
 右肩、左肩。そして数回に一度は頬を。しなった竹が休みなく襲いかかる。襦袢の薄布は簡単に弾けとび、むきだしになったの白い肩にいくつもの赤い裂き傷が走った。
「やっ」
「ほらほら、いたずら坊主は叱りとばしてやんねえと。こんなことされて黙ってんですかぃ?」
「やめなさいったらっ!」
 が総悟を睨みつけると、その目の端に竹がしなった。
「きゃあっ!」
 まぶたが切れて血がにじむ。腫れあがらせて可愛い顔をだいなしにするなんてヘマはしない。総悟の顔もほのかに赤く色づいた。視界がとろりと潤んできた。腰のあたりが鈍く熱い。の悲鳴をもっと聞きたい。嫌がる顔をもっと見たい。もっともっと。鞭打つ手に加減がきかなくなった。

 飽きることなく四半刻は打ち続けたろうか。
 は力なくうなだれて、声も出さなくなってしまった。総悟はの顔を覗き込んだ。しゃあしゃあと不思議な顔をして。この程度でおとなしくなられても面白くない。もっと口汚く罵ってくれないと。総悟は物差しの先でのあごを上向かせた。けれども漏れてきたのは罵倒ではなく、小さな哀願の声だった。
「もう…、やだぁ…やめてよう…」
 赤く何本も傷のついた顔。大きな目には涙があふれていた。
「…なんでこんなことするのよぅ…」
 総悟の下半身がどくん、とさらに熱をもった。このままに跨ってしまいたいのをどうにかこらえた。
 ごくりと唾を飲み込んで、総悟はを抱くように背中に手をまわした。体を固くするに、いたずら心がくすぐられた。
 天井に吊るした縄だけをから外してやる。支えを失くしてがっくり倒れこもうとする体を、総悟は柔らかく抱きとめた。

「俺、姉さんに仲良くしてもらいてぇんですよ」
 総悟はをそっと座らせ、その前にひざまづいてとびきり優しい笑顔を作ってみせた。猫なで声を出しながら、の頬をなでてやる。ころりと変わった総悟の態度がを揺さぶり不安にさせた。
「ああ、可哀想に、傷になっちまいやすねぇ」
 頬にいくつも走る傷をぺろりと舐めた。が顔をそらして少しでも嫌がるそぶりを見せると、総悟は手にしたままの物差しでぴしりと床を打った。その音を聞いただけではぴたりと動かなくなった。
「なあ、あんたが悪いんですぜ?俺のことキライって言ったろ?」
 静かに話しかけながら、総悟はの傷を残らず舌でなぞってやった。口の端からも血を流していたので、丁寧に丁寧に舐めとった。そのまま優しく唇を奪う。
「なぁ、今もキライかい?」
 の髪をかきあげて耳元にもキスをした。はとまどった表情のまま、何も答えられないでいる。当然だ。こんな目に遭わされてキライでないわけがないし、けれども今この状況で、総悟にキライだなんて言えるわけがない。総悟は承知の上で、答えようのない問いをぶつけている。から言葉を奪うために。

 もう一度の口唇に触れた総悟は、淡い征服感がこみあがるのを感じた。が総悟の舌を、少しだけ舐めて返してくれた。総悟が命じたわけじゃない。が自ら。
 …が総悟に媚びている。
「…なんだィ?」
 軽く促して、の動くのを待ってやった。総悟のキスに応えてしまって心に整理をつけたのか、は懸命に総悟の相手をし始めた。両手を後ろにひねられたままの、不自由な姿勢でいじらしく。白い喉をいっぱいに反らせて総悟の舌にしゃぶりついた。ぴちゃぴちゃと大きな音をさせて、努力を見せつけるように。
 総悟はこころゆくまで甘ったるい接吻を味わった。たわいないもんだ。女なんか。というより人間なんてみんな。
 傷つけて傷つけて、立場の違いを思い知らせて、そして傷つけたその手で優しくしたら、権力者に向かってすぐなびく。こんなふうに。
 にっこりと笑いかけられて、目に見えて表情の和らいだを、総悟は大喜びで、突き飛ばした。

「…ぃやっ!?」
 畳の上に転がり倒されたは、何が総悟の気に障ったのかわからずに呆然としている。総悟は容赦なく冷たい目をしてを見下ろした。
「どういうつもりでぇ?何だいあんた、俺に色仕掛けでもしようってのかぃ?」
「…ちがう…そんなんじゃ…」
「違わねえだろ?今なにしやがった?商売女みてえに尻尾ふりやがったな?コラ」
 びしっ、とまた竹尺を足元に打ちつけた。畳の繊維が弾け飛んで、がびくりと体を萎縮させた。
「や…やめて、なんで?…じゃあ、どうしたらいいの?…なんでも言うこときくからっ…」
 は少しでも総悟から離れようと、縛られた体で這いずった。その背中に総悟は思いきり鞭を振るう。効果は覿面だった。
「痛ぁっ!やめてっ!やめてっ!ごめんなさい!ごめんなさいっ!」
「そうやって口先だけで謝りゃあいいと思ってんだろ」
 ぴしりぴしりと竹がしなる。の背中がのけぞってはまた縮こまる。
「思ってない!思ってないよう!やめて!」
「嘘つけ、正直に言いな、思ってるだろ、思ってんだろっ?ほらっ」
 今度はの太ももが打たれた。裾が乱れて素足が赤く腫れあがった。鞭打たれることはもちろん、には総悟の、意味のわからない悪意が怖い。無我夢中で言われる通りに繰り返した。
「やめて、やめて、思ってるっ!思ってます!」
 総悟はの言葉尻をとらえて、楽しくて仕方ないといった顔をした。
「そーかい、やっぱりそんな風に思ってんのかい、人のことバカにしやがって」
 笑っているにもかかわらず、またもやぴしりと背中を打たれてにはもう訳がわからなくなった。ただ、どう言ったって殴られるのだと、それだけは確かだった。何を言っても無駄だというなら。
 は畳の上に小さく丸まって、それきり口を閉ざしてしまった。かたかたと小さくなって震えるを見て、総悟はようやく心から満足して微笑んだ。



 ズボンのベルトがかちゃかちゃ鳴った。総悟は太腿の下まで下着をずらし、半勃ちになった自分自身をさらした。
「口ぃ開けな」
 髪の毛をぐい、とつかんでの頭を引っ張りあげる。半開きになった唇の間に、白い歯と赤い舌がのぞいていた。しっとりと濡れたこの中に、今から自分のあさましい膨張をねじこんでやるのだ。期待に胸が締めつけられた。
 総悟は硬く形になりかけた肉塊を、ゆっくりとの唇にくわえさせた。
「ふ、くうっ…」
 根元まで口に含ませると、の舌と口腔が総悟をゆるやかに包みこむ。無遠慮に犯された口はじっとして何も動かない。できるだけ総悟に触れないようにしているのがわかる。
 総悟もに、ご奉仕なんてものは期待していなかった。両手での頭を挟んで、自分で好きに動かしはじめる。を使って自慰をしているようなものだ。それでも温かい粘膜の心地よさに、総悟の下半身がだらしなく弛む。はあ、とため息ひとつついて、総悟はわざと下卑た調子でに言ってやった。
「くだらねえこと考えんじゃあねぇよ?噛み付いたら歯ぁ全部折って、そのクチ尺八専用にしてやるからなァ」
 が体を強ばらせた。なすがままにされていた顔を、左右にそむけて逃れようとする。嫌がるその顔に誘われるように、総悟は激しく腰を使いはじめた。
「やっ…、あっ、や…、はぁっ…」
「待ってな、すぐに、濃いぃの、飲ませて、やら…」
「ゃはっ…ん…、ぐ…っ」
 頭を強く押さえつけられ、のどの奥まで先端で突かれて、たまらずが低く呻く。その声だけで腰が震えた。総悟の背筋がぞくぞくとした。全身の血と劣情が肉棒に集まり膨れあがる。限界まで固くなっているのに、飴のように溶けそう。
 うっとりと上気した総悟の顔とはうらはらに、は虚ろな目になっていた。暗く沈んだ瞳が前よりずっと色っぽくて良い。総悟はニヤつき、陰茎がまた硬さを増した。
「なぁ、あんた、早く、お家に、帰りてえかい?」
 帰りたいって言ったら殴る。帰りたくないと言えば、嘘をつくなってやっぱり殴る。
 は何も答えず目をそらし、伏せた睫毛を震わせた。
「は…ぅ…」
 悲しげなその顔が、いとおし過ぎて息が詰まった。意識が下腹部の器官ひとつに集中する。の中に出したくて、出したくて、今にも破裂しそうに張りつめている。総悟はを逃がさないように、しっかりと両頬を掴まえた。手と腰の動きを併せて早める。がむせ返るのも構わずに、限界まで股間を押し付けた。
 なにかの拍子にの舌が、ちろりと男根の裏側に触れた。
「ん…んっ!」
 たまりに溜まった白い塊が総悟の奥でついにはじけた。の頭を力いっぱい抱え込む。どくどく、と音がしそうなほど、総悟は自分の飛沫をたっぷり注いだ。
「はぁっ、はっ、はっ…、はぁっ…、…はぁ…」
 欲望を吐き出しつくしても、それでもまだ総悟はから離れられなかった。の喉まで、喉の奥まで、犯してやったのに逆に吸い尽くされたような。全て受け止められてしまったような、底なしの脱力感に襲われていた。力の抜けた自分の体をにもたれてやっと支える。接点になった口と局部がさらにぴったりと繋がりあった。
 ねばついた精液がの口に溜まって呼吸を塞いでいる。飲み込みたくないというなら、いつまでもそうやっているといい。総悟は一向に構わない。吐き出しやがったらまた殴る。
「か…はっ、」
 こらえきれずには大きく咳き込んだ。口の端から白い粘液がひとすじこぼれてを汚した。
 総悟は快感に霞んだ目でそれを見た。
 ああ、次はこの顔にぶっかけてやるのもいいな、と思った。
























「…と、まあ、このような猥褻文書が隊内で回覧されているのを発見した次第でありますっ!!」
「…………」

 …ぱさり。
 土方は持っていた小冊子を取り落とした。コピー用紙を手綴じで雑に製本した、本とも言えない代物だった。内容の方も。
 青い顔をしてがっくりと肩を落とす。部屋に帰って布団敷いて酒飲んで寝たい。
 隣にあぐらをかいていた総悟が畳の上の紙束を拾って、興味もなさそうにぱらぱらとめくった。
「へええ」

「どのように処置いたしましょうか副長!」
 真選組監察方山崎退は姿勢を正して敬礼して、いつもよりあえて四角四面な物言いをした。照れちゃダメだ照れちゃダメだ。あくまでビジネスライクに会話しよう。
 それは土方も同じこと。
「…出回ってるモンは全部回収しろ。以後これの話を口に出したヤツぁ問答無用で切腹だ。書いた野郎もすぐ探し出せ」
 脂汗をかいて土方は命じた。搾り出すような声だった。
 小器用な隊士が春画を描いて隊内で小遣い稼ぎ…、なんてことは今までもよくあった。手製のエロ本を回し読みするくらい、本来目くじら立てるほどのことでもない。しかしよりによって。
 ナマモノ?ナマモノってのかこういうのは?!
「作者なんか探して、土方さんバージョンでも執筆させるつもりですかぃ?」
 総悟は腹の読めない無表情で、自分もネタにされている艶本を最後の方まで読み進んでいる。よくもまあそんな顔をしていられる、と土方は怒るよりむしろ感心した。
 そこへ山崎はふところからもう一冊を取り出して、二人の前に差し出した。
「…えーと、土方×はこちら…」
 最後まで言わせる前に本を奪って、土方は無言で山崎をはたき回した。
 ばしっばしっばしっばしっ!
「す、すみません副長!でもこっちのったら積極的でっ…」
「聞いてねえ!!」
 そして読んだんかィィィ!


「あれ?」
 丸めた本で殴られ中の山崎が間の抜けた声を出した。
 総悟が部屋から出ていこうとしていた。読み終えた冊子を畳の上にぽい、と投げ捨て、上をまたいで障子の方へ。
「しっかりしろよィ土方さん。綱紀がちょいと乱れてんじゃねえのかぃ?」
「あ、ああ、そーだな…」
 土方も少し意外な思いで総悟の背中を見送った。総悟ならもっと面白がって、それこそだんご屋の娘に本を読ませに行くくらいの悪さはすると思っていた。土方はそれを見越して、山崎を囮に総悟を止めるシミュレーションまでしていたのに。
 思ったよりも真っ当な反応だ。総悟も少しは大人になった。…のか?
 もっともこんなモノの出回った遠因は、先日総悟が屯所にをひっぱりこんで、隊士に見せびらかしたせいなんだがそれはそれ。

「あ〜気分わりぃ」
 総悟は一言残して部屋を出た。
 ぴしゃりと障子が閉められて、残された二人はやはりなにやら腑に落ちない顔を見合わせた。

「…またいでいきましたね」
「…またいでいったな」






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