音が聞こえて、ではなくて。
 音が止まって目が覚めるなんてこともあるのだ。
 銀時はぱちりと目を開けた。
 寝る時に2時間で設定していたタイマーが切れてしまった瞬間だった。


 連日の熱帯夜。灼けついた外気と壁一枚しか隔たっていないの部屋は、エアコンが止まるとすぐに蒸し暑くなる。
 銀時の腕を枕に寝ていたは鬱陶しそうに寝返りをうつと、手と足をうんと突っ張って隣に寝ている暑苦しい図体を力いっぱい押しのけた。
「おあっ?…」
 畳の上にごろんと思いきりたたき出されて、銀時はを恨めしそうにひと睨みした。仕方なく畳をぱたぱた叩いて、そのへんにあるはずのエアコンのリモコンを探す。
「…ちくしょう、ほんっと、この、ガキャ…」
 丸っこい小さなリモコンを探し当て、見なくてもわかるボタンを押した。ピピッ、と小さな電子音が2回。

 狭い部屋は暑くなるのも早ければ、エアコンが効き始めるのもまた早い。間もなく部屋は適温に戻った。壊れかけた扇風機ひとつを奪いあっている万事屋とは天と地ほどの違いだ。
 子供達に内緒で自分だけ、こっそりここへ逃げてきて大正解だった。
 さっきのお返しに、にひと蹴りくらわしてから銀時はふたたび布団へすべりこんだ。



 微かな騒音、車の音に人の声、そんなものがやけに耳につく。
 部屋はひんやりと涼しくなったが、今度は目をつぶっても一向に眠れない。なかなか過ぎてくれない時間を銀時はたった独りで持て余しはじめる。
 んゆ…っと喉を鳴らしながら、が子犬のようにすり寄ってきた。涼しくなった途端にこれだ。なんて現金な奴だろう。
 見るとはなんの悩みもなさそうに眠っている。自分だけ置いてきぼりにされたようで、太平楽なその寝顔がなにやら憎らしくなってきた。
「おい」
 ほっぺたに軽くキスしてやった。銀さんなんだかヒマなんですけど。自分だけ寝てんじゃねーぞコラ。付き合え。
 しかしはぴくりとも動かない。もう一度、頬をかぷりと噛んでみる。少しだけ歯をたててやるとはくすぐったそうに首をふった。
「んー…?」
 薄く開いた口に唇を合わせる。舌を忍ばせると中の舌が応えるような動きをみせたが、それは「反応」というより「反射」というようなものだろう。やっぱりは眠ったままだ。
 それなら、と。銀時はひじをついて上半身を起こした。
ー?ちゃーん?おーい」
 銀時は何かを確かめるようにの頭を前後に撫でた。さらさらの髪を手で梳かしても引っ張っても、は気持ち良さそうに喉をならすだけで全くその目を開けようとしない。もともと一度寝付くと起きないたちだ。
 にんまりと、イヤらしく目を笑わせて、銀時はの寝顔を真正面から見つめた。

「もしもしちゃん、イタズラしてもいいですかぁ?」
 の頭を押さえてこくん、と。勝手に大きく頷かせる。
「うん、いーよ」(銀時裏声)

「じゃあ遠慮なくっ」
 銀時はの足元に移動して着物のすそを嬉しそうにまくった。


 まずはひざから下だけ露わにする。やわらかい肉のついたふくらはぎ。夏でもほとんど日にさらされないの足は、生っ白くて肌のきめが細かい。
 くるぶしをつかんで、右側の足を持ち上げてみた。ひざをついて座る、自分の目線よりも高く。
 やわらかい寝間着のすそが落ちてはだけた。ふくらはぎに負けないほど白い、ひざと太ももが目に入る。
「おぉ…っ」
 思った以上に感激した。見慣れた景色ではあるけれど、力の抜けきった身体を好き放題に触れると思うと、それだけで無性に心躍る。もっと中まで見てやりたい。どっかに懐中電灯なかったか。
 邪魔な寝間着をまくりあげ、つかんだ足をひろげさせると、もう少しで何かいいものが見えそう。
 銀時は奥へ向かって身を乗り出した。
 でも見えない。暗がりへさらに首を突っ込もうとしたその時。
 突然ぐにゃりとしたものが銀時の視界を真っ暗にした。
「………なにやってんの」
 が足の裏で、銀時の顔を踏みつけにしていた。べったりと。



 の声は明るい時には聞いたこともないような、低い低いしゃがれ声だった。眠りの一番深いところを邪魔されて、目を閉じたまま眉根をこれでもかというくらいに寄せている。こんな不機嫌なの顔も明るい時には見たことがない。
 銀時は空々しい作り笑いで応じた。
「あははー、もう何その顔ー?可愛いお顔がだいなしなんですけどー」
「……………誰のせい」
 はただもう眠そうで、大きくひろげられた足もそのまま、閉じる気力すらなさそうだ。

「………は寝る」
「あ、どーぞどーぞ。銀さんひとりで遊んでるから」
 銀時が言うとは自分の身体を抱くように、横向きに丸まってしまった。
「……………好きにすれば」
 銀時の顔など、もう見もしない。



 つれないが少し寂しくなくもないが、しかし晴れてお許しを頂いたということで。
 銀時はの右足を持ち上げると、まずは足首をしゃぶってみた。下からが気持ち悪そうに、ゆっくりと薄目を開けて銀時を睨む。
「らって好きにしていいってが言ったしぃ〜い」
 銀時が足首をくわえながら可愛く言うと、は呆れて枕に顔を伏せた。ひどく不愉快そうだった。

 の足首は銀時の手でやっと握れるくらいの太さ。スマートに引き締まりすぎていないところが銀時は気に入っている。
 優しく撫でさすると、はふっ、とが甘い気配のする息を吐いた。
「あれ?起きてんの?」
「…………」
 返事はない。

 いたずら心がくすぐられる。どんな小さな反応も見逃さないように注意しながら、ふくらはぎにひざのうら、太ももの内側へと順番に唇を這わせた。
 濡れた舌の感触が少しずつ内側へ近づくたびに、は静かにこわばっていく。
 たどり着いた内腿の肉をじっくりと舐めて、それからあちこちにキスを落とす。跡がつくように吸い付いて、跡がつかないように甘噛みした。
「ん、おいし」
 満足そうな銀時の声にもは密かに身体を震わせていた。

 の変化はそのうち隠しきれなくなった。もっと上にもっと内側に、刺激が与えられるのを身体が心待ちにしはじめている。
 そのくせ目を閉じ顔を伏せて、唇をぎゅっとかみしめて、頭では意地でも寝たふりを続けるつもりらしい。
 街の灯りがさしこむ部屋は灯りがなくとも薄明るくて、揺れるまつ毛も赤く染まる頬も余さず見えてしまっているのに。

 むしろ嘘をつかせるために、銀時はに訊いてみた。微妙な場所から響く声にがとっさに腰をひいた。
「起きてんの?」
「……寝てるったら」
 このやりとりが既に相当おかしいことに、は少しも気付かないようだ。
「あーそう」
 銀時は太ももの付け根、足の中心に限りなく近い内側に吸いついた。頬に触れそうなすぐそばに、しっとり潤った泉がある。の肌が期待に震えた。ふわりと甘い匂いだけで、銀時にもそこがとろけきっていることがわかる。

 けれども銀時の唇はその場所をそ知らぬ顔で通り過ぎ、反対側の、左の太ももに軽く触れた。
「あ…」
 の喉から思わず名残惜しそうな声が漏れる。
 今度は順に唇は、太ももからひざに、ふくらはぎに、大事な部分から遠ざかっていった。

 最後にくるぶしにキスをして銀時が身体を離してしまうと、が物足りなさそうに両足をもじもじとこすりあわせた。
「なに?欲しくなった?」
「………」
「銀さんはー、したくなったんですけどー」
「………」
「してもいい?」
 ぷいと横を向いて黙ったに、笑いがこぼれそうになる。
「そっか寝てんだっけ?」
 じゃあ勝手にしよ。


 の身体を半分転がしてうつぶせにする。布団と体の隙間に手を差し入れて、腰紐を探り探りほどいた。突っ伏したから寝間着をはぎとり肩から順に裸にしていく。
 片手で自分も脱ぎながら、身をよじるには殺し文句をささやいてやった。
「寝てるんだろ?」
「………」
 うう、っと不満そうな唸り声をあげて、はそれきりおとなしくなった。
 どういうわけかいつのまにか、声を出さずに我慢する勝負みたいなことになっている。バカだね。こいつ。



 けれども後ろから腰を抱え上げられると、はあっさり寝たふりをやめた。
「やっ、待って。待って、してもいいから、それはやめて」
「なんだよ寝てんじゃないの?」
「もうそれはいいのっ」

 生意気なことに、最近にも自分の好みというものができてきたようだ。どうも後ろからされるのはキライらしい。
 銀時はの背中を抱いてするこの姿勢が他のと同じくらい好きなのに。

「待って、ね、待ってっ、だから、するなら、、そっち向くから…」
 もたもたと四つんばいで逃げるを銀時がしっかりと捕まえる。入り口に硬くなった肉があてがわれると、が大仰な声をあげた。
「やあんっだめっ」
 ひだをひろげて後ろからひと息に貫いた。口と違って身体の方はなんの抵抗もしてはいない。
 完璧に用意の整ったの中に、ぬちっ、と温かく、銀時のものは受け入れられた。
「やっ…んんんっ」
 ぺたりと布団に投げ出された肩から高く突き上げさせられた腰へとつながる、流れるような曲線がなまめかしい。
 昼間は犬っころのくせに、この後姿は気位の高い猫のようで、悔しいけれどどきどきさせられる。

 ぐいっと腰を抱き寄せて、自分の太ももとの尻を隙間なくぴったりくっつける。奥まで強く打ちつけると弾むような肉の手ごたえが楽しかった。
 そのまま身体を前へ倒し、の背中に覆いかぶさる。
 上から手首をきつく押さえつけ、横を向く顔に頬を寄せた。腰を突き上げると、が本当に苦しそうに、んぐっ、とくぐもった声をあげた。
「これキライなんだ?」
 が顔をしかめて頷いた。
「なんで」
「…お顔…」
 かすれた声が訴える。
「…銀ちゃんの、お顔、見えない…」
 ふうん、と余裕たっぷりに笑うと、銀時はの身体に手をまわし、前から敏感な芯に触れる。
 が体を縮こまらせた。交わる体の合わせ目を指で弄って強引に導く。はたぶんこれもキライだ。もちろん知っている。けれど。
「でも、いいんだよな?」
 銀時はの耳をくちゅくちゅとしゃぶった。ここも甘くてとても美味しい。
「キライなかっこでされてても、ほら、イキそーになってんじゃん」
「…いかない」
「はいウソ」
 強くつまむとが短く悲鳴をあげた。合わせて内側がきゅうっと奥まで縮み上がる。
「あー、今すげえ締まった」
「やだっ…」
「ホントだって」
「バカっ!」
 怒ったは両手で固く守りをかためて、少しも顔を見せてくれなくなった。


 けれどもそれもいじらしいことだ。
 体はひっきりなしに震えて、弱っているのがよくわかるし。
 耳に噛みつくと、それだけで感極まった声をあげる。
 今にも飛んでしまいそうな意識を必死でつなぎとめている。
 顔なんて見えなくても、銀時にはがなんでもわかるのに。

「いきそう?」
 訊ねるとは真横にぶんぶん首を振った。あ、そう。別にいいけど。わかるから。
 殺しきれない声がさっきからずっと漏れている。かすれた息に似た声が。
「は…、はっ、あ…、はっ…」
 背中から腰が何度も波打つ。後ろから突いてやると首を大きく仰け反らせる。もうひと押しで、そろそろは崩れきってしまうはずだ。
 銀時の思いどおりに、首筋を強く吸われたは左右に髪を振り乱した。
「やぁぁっ、もう、もーだめっ…」
 小さな手が布団の端を握りしめる。その手にそっと手を重ねると、は手のひらを裏返し、銀時と指をからませた。
 銀時が強く握り返すとの顔は切なげに歪んで、明らかにそれまでよりも感じている。
 少しわからなくなった。変なの。こんなところ、性感帯ってわけでもないだろうに。
「…もっと」
「これ?」
 銀時の指を握りしめて、うん、と何度もが頷く。手を離そうとしたら怒られた。
「…だめ、だめっ、ちゃんと、握ってっ」
「へぇ?」
 言われた通りに握ってやるとはようやく素直になる。ほどなく身体から気持ちから、全て銀時に明け渡した。







 す…っとエアコンの音が止まった。
「…っと」
 暑ぅ、と低くつぶやきながら、身体は深く繋げたまま、銀時は手探りでリモコンを探した。
 すると下敷きになった身体から、聞こえないほどの小さな声がする。
「…それも」
「え?なに?なんて?」
 枕に横向きにくっつけた顔が、唇をとがらせていた。

「銀ちゃん、このかっこだと、そうやって、ずーっと違うこと考えながら、してるの」

「…それもイヤ」


 丸く目を開けきょとんと驚いて、それから銀時は笑い出した。何言ってんだろうこいつ。違うこと?考えて?誰が?銀さんが?
 をひっくり返して姿勢を変えた。脇から手を入れ抱き上げて、正面からつよく抱きしめてやる。力なく、されるがままになりながら、まだ拗ねた顔をしている。
「じゃあ今から、のことだけ考えながらしよーか」

 はふくれっつらのまま、銀時の首に腕をからめて、それからぎゅっとしがみついた。
「………うん」
 少しだけ、機嫌をなおして笑ったのだと、やはり顔なんて見なくてもすぐに分かった。





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