万事屋事務所はいつものとおり、昼だというのに薄暗い。
 暗さ以上に、部屋に漂う重く不健康な空気のせいでは憂鬱な気分になった。
 もう何度も何度も、にとっては通い慣れた場所なのに、足を踏み入れた瞬間体が警戒し緊張する。しかも今日は経営者直々の呼び出しだ。よくない話に決まっている。

「よう」
 窓際に足を組み座っていた男が、椅子ごとくるりとこちらを向いた。行儀の悪い姿勢のわりにだらしない印象を受けないのは、男がまとう艶めかしさのせいかもしれない。
 片袖を抜いて気崩した着物に、その下は黒い洋装。手入れのあまりされていないざんばらの黒髪。
 片目を覆った包帯が禍々しい男。
 まだ腫れの引かないの頬が男の顔を見てひりりと痛んだ。
「晋ちゃん…」


 高杉晋助。ここかぶき町で万事屋を営む。しかし仕事の内容は「よろずや」という名前が感じさせる、のどかさとは無縁の物騒なものだ。
 法に触れようと道に外れようと、およそ引き受けない仕事はないしこなせない仕事も何もない。街の裏側で重宝に使われていると人づてに聞いた。
 あくまで素人娘のにはうかがい知れない世界だったが。

 近くへ寄ると高杉はの腰を片腕で引き寄せて抱いた。逆の手は尻をわしづかみ、突き立てられた長い爪が着物ごしに痛いほど食い込む。
 求められては体を屈めた。唇が触れたとたん待ち構えていたように、舌を甘く噛む歯が怖い。いつかこの歯に噛みちぎられてしまいそうで、の舌は怯えて逃げだそうとする。
 それでも教えられた通り、の身体にはすぐ火が点いた。
「んっ…ふっ…」
 やがて唐突に、男の唇はに飽いた。


「頼みがある」
 言葉とは裏腹に男の顔は不真面目に笑っていた。面白がるような高杉の声にやっぱり、と体が硬くなった。
「真選組の連中とモメちまってよう。落とし前つけなきゃならねえらしい」
「また…?」
 が言うと高杉ぴくりと片眉を上げた。
「う、ううん!ううん!にできることなら、手伝うから、ううん、手伝わせて?ね?晋ちゃん」
 機嫌を損ねた男を恐れ、必死におもねるの姿を高杉は満足げに眺めた。褒美のつもりかの頬にそっと触れるだけのキスをくれた。

「お前のおかげでこれでも俺ぁずいぶん助かってるんだぜ?」
 たとえ実のない空言でも、優しい言葉がは嬉しい。





「よーう」
 がららと引き戸の開く音とともに、玄関から男の声がした。低く気だるく、感情の動きに乏しそうな声。
 真選組の黒い制服に身を包んだ男が返事も待たずに上がってくる。声のイメージそのままに、だらだらゆっくり、背を曲げポケットに両手を突っ込み。
 本来は高杉に輪をかけて身なりには構わない男だが、制服だけは崩さずに襟元のスカーフまで乱すことなく着こなしていた。
 はその男に向かって突き飛ばされた。そっけなく、冷たく笑う声とともに。
「そこの副長さんがお前をお望みなんだとよ」


「ととっ…」
 男の逞しい腕がやんわりとを受けとめてくれる。無造作に伸びた銀色のくせ毛がの頭の上で揺れた。
 真選組副長坂田銀時。
 高杉の…ということはとも、昔なじみの男だった。片や裏の万事屋、片や幕臣と、今ではふたり道をたがえてしまったけれども。

 銀時はの顔を見て、痛ましそうに眉をひそめた。手のひらでの顔を挟み、頬のあざを左右からまじまじと検分する。
「お前また殴られてんの」
 はきまり悪くて顔をそむけた。この人はいつもそうやって優しい。どんなにされても応えられないのに。
「いつも言ってんだろ?俺んとこおいで?銀さんは絶対のこといじめたりしねぇから」
「晋ちゃんが、行けって言ったら…いくけど…」
 消え入りそうにうつむいたの頭ごしに、銀時は窓際の男へ声をかけた。

「だってよ。ひと言お前から言ってくんねえ?これちょーだい。大事にすっから」
「うるせえ。人のモンなんでも欲しがんじゃねぇ」
 本気とも冗談ともつかない。どちらも表面上は子供がおもちゃのとりあいでもするようなふざけた口ぶりだ。
「いいじゃねーの。お前もさすがに今度の件はやべぇだろ?が俺のモンになるっつーなら副長が全部揉み消してやってもいいよぉ〜?」
「ふざけんな。お前んとこの使えねぇ下っ端 二、三人始末してやっただけじゃねえか。せいぜい一発がいいとこだ。さっさとそこで済ませちまいな」
「はぁ?ここで?お前こないだも…」


 不毛な会話を打ち切って高杉が促すと、呼ばれたは恐れ気もなく銀時の股間に手を伸ばした。
「おいおいおい。お前はこんな小娘に何仕込んでんの」
 小さな手の平が銀時のものを柔らかく包み、揉みはじめる。意外に手慣れた指の中で、その部分にゆっくりと血が溜まっていった。
「こら…」
「でも、晋ちゃんが、ここでしろって…」
「バカ、あのなぁ、お前は…」
 精一杯背伸びしては銀時の口をふさいだ。それ以上のお説教は面倒だ。わざと拙く、その代わり一生懸命に見えるように舌で尽くす。銀時がおとなしくなったのを見計らい、潤んだ目で媚びてみせた。
「ね?早くしよう…銀ちゃん」
 まだ何か言いたそうにしていたけれど、銀時は結局あきらめ顔でをソファへと引っ張った。
「おいで」







 髪から順に下へ向かい、額に、頬に。まるで壊れ物にさわるようにそっと。
 並んで掛けた銀時がに覆いかぶさるように、細やかなキスをいくつも落とした。
 目の前にはちょうどゆるめたシャツの襟元。はお礼に銀時の喉仏を舐めて返す。白い素肌の表面が粟立つのを見て嬉しくなった。
「銀ちゃん…」
 あごをそらせて唇をねだる。銀時ははじめに上唇を軽くついばみ、それからぴったり唇を重ね、優しく舌を差し入れてきた。も安心して身体を任せる。じゅぷじゅぷと音がするほどに互いの舌をからめあった。
 大きな体がのしかかり視界をふさいでくれているおかげで、顔中を首筋を這い回る舌と、体を撫で回す手のひらの感触しかにはわからない。を挟んで座る高杉が、もつれあう二人を眺めているはず。その視線を感じなくて済むのが幸いだった。


 次第に足元がすかすかと風通しよくなった。銀時の手が着物のすそを割り、足のつけ根までまくり上げている。
 少しだけ恥ずかしくなって、せめて開いたひざを閉じようとしたら甘く耳たぶに噛みつかれた。どうやら叱られたみたいだ。
「だめ。ちゃんと広げてな。よくしてやるから」
「銀…ちゃん…」
 そう言ったとおり、秘所に付け根まで埋め込まれた指は、焦らしながら少しずつを狂わせていった。奥の奥まで突かれたかと思うと、かぎのように曲げられた中指の先が、もどかしくいいところをかすめて抜ける。
 そのたびは身体を震わせた。素直なわかりやすい反応にあっというまに弱いところを見つけられ、そこばかりを執拗にいじられる。
 息は弾み、いつしか両足はさらに大きく広がって、貪欲に銀時の指を求めた。


 やがて背筋を這い上る快感に、は座っているのもつらくなった。
 背もたれからずるずるとずれ落ちそうになるところを高杉が後ろから支えた。を抱きかかえた腕が背後から乳房をもみしだき、同時に唇はうなじを這った。
「おいおいおい…」
 足もとから銀時の不満げな声。
「手伝ってやろうってんだ」
「よけいなお世話っ」

 ソファの下へ残った足を銀時が持ち上げた。ひざをたたまれ、広げられた白い足の間に銀時が迷わず顔をうずめる。
「あっ、やっ…」
「いいから」
 の最奥、既に蕩けきっている場所に銀時はためらいなく口をつけた。
 ぴちゃぴちゃと音をたて、小刻みに舌を使い、花びらを縦に舐め上げる。中心に息づく敏感な芯を口に含み、硬くなるまでしゃぶり尽くす。たっぷりと湛えられた蜜をすすると甘い味が口に広がった。
「ん…ぃや、そこ…、だめ…」
 力なく抵抗する声は、もちろん誰にも相手にされない。


 背後からを呼ぶように、高杉が肩口に噛みついた。
「は…」
 首を反らし、とろんとした目でが高杉を振り返る。
 の手が後ろへせいいっぱい伸ばされ、愛おしそうに黒髪を撫でた。骨ばった手のひらがの頬を撫でて返す。
「どうだ」
 人を見透かす冷たい笑みが、にはこの上なく甘い笑顔に見える。がこくりとうなずくと、高杉は頬に口付けてくれた。


「やっ…?!あっ…」
 予告もなく、突然強い痺れが突き抜けはびくん、と身体を仰け反らせた。
「ほら、こっち」
 まるで誰かと張り合うように、銀時が舌と指を動かしていた。に埋めた二本の指を前後させながら、舌先はちろちろと芯を集中して責める。

 高杉がそんな銀時を鼻で嘲笑い、の気を今度は自分へ引く。人差し指で耳をくすぐり、口を寄せ耳元に息を吹きかける。
「甘すぎんだよ銀時。こいつはなぁ、そんなんじゃ物足りねぇようにできてんだ」
 そして耳たぶに歯を立てた。ぎりりときつく。
 さらに強く。
「ひ…っ、痛…っ、」
 身をすくませながら、けれど痛みはの内側でじわじわと痺れに変わっていった。


「嘘それすげぇいいみたい」
 感心半分、もう半分は呆れて銀時が声をあげた。指が痛いほどが収縮し、奥からとめどなく粘液があふれる。
 指を引き抜くと愛液がこぼれてソファに小さくない水溜りを作った。二本の指はつけねまでべっとりと濡れそぼり、とろみの濃いしずくが手首まで垂れた。
「お前はホントにどんなこと教え込んでんの」
「うるせぇ。俺の女ぁどう躾けようが勝手だ」
「女ねぇ…」
 意味ありげな視線をやると、高杉が不愉快そうな目を寄越した。
「なんだ」
「…まぁいいけどね」
 手を一振りしてしずくを払うと、銀時はベルトに手をかけた。






「あぁっ、あ…っ、銀ちゃ…、ぎんちゃんっ…」
 銀時の腰が前後するたび声があがる。体がはねる。背中を支えてくれていた高杉の身体は今はなく、ソファに横たわったは身をよじり座面に爪をたてた。何かを握りしめていないとどこかへさらわれてしまいそうで怖い。
 高杉は床に直接腰を下ろし、同じ高さでを見ている。頬にかかる髪をかきあげられ、正面から目を合わされて、思わずは顔をそむけた。
「や…っ、見ちゃ、だめ…」
 他の男に良くさせられてる顔なんか。
「今さらなに」
 銀時が少し汗ばんだ顔を笑わせながら、を押さえつけ深く奥までひと突きした。
「んん…っ」
 意識のそれたその隙をつき、髪をつかまれ高杉の方へ向かされる。銀時に貫かれるの表情をひとつだけの目が真剣に見ていた。

「銀時の野郎がそんなにいいか?」
 目のふちをほのかに赤くして、高杉も欲情した目でを笑った。
「んんっ、…くない…、よく、ないよっ…」
 銀時がそれを聞き咎めた。
「えー?うそー?」

「ひぁっ…っ!銀ちゃ…っ、あっああっ、あっ、あっ、」
「気持ちよくない?こっちのお口はそうは言ってませんけどー?」
 腰の動きがやや乱暴に、小刻みに早まり、ひと息には駆け上らされる。
「気持ちいい?」
 銀時の問いに反射的にうなずく。こくこくと何も考えず、人形のように。
「へぇ、気持ちいいのか」
 すると高杉がをなぶる。
 が困って言葉を失くすと、銀時が大喜びで責めたてる。
「も…、ごめん、ごめんなさいっ…、もう…」
 喘ぎ声はうわずり、高ぶる快感を止められない。身体は絶え間なく反り返り、もう何度かは達しているような気がした。



 高杉がの頭ごと抱えこみ唇を奪った。
「あーずるぃぞてめ…顔隠すな」
「うるせぇ」

 始めた時と同様にの視界はふさがれて、感じられるのは高杉の唇しかなくなった。その格好で下半身に熱い勃起をくわえこんでいると、まるで高杉に犯されているような気分になる。
「晋ちゃ…っ、あ…っ晋ちゃん、晋ちゃ…」
 口の中を舐めまわしていた高杉の舌に夢中で噛みつく。声をこらえようとさるぐつわの代わりに、力いっぱい手加減なく。
 がりっ、と端の方で歯が鳴った。
 かすかににじむ鉄の味にも高杉はかまわずをむさぼった。
「晋ちゃん…、晋…」

 突然、それまでに与えられていた規則正しいリズムが止まった。
は今誰に挿れてもらってんの?」

「やっ、やめっ、それやめないで、やめないで銀ちゃん…っ」
 懇願するの唇に鋭い痛み。
「他の男なんざ呼ぶんじゃねえ!」


「なぁ、銀さんのもんになりな?」

「お前は俺だけ見てりゃあいいんだ」


 ひきさかれ、朦朧とするの意識はどこかで考えることをやめた。
 自分がどちらに抱かれているのかも、どちらが自分の男だったかも、どうでもいいような気がしてきた。















「うあ………」
 低いうなり声が出た。
 体が不快に火照っている。この寒いのに全身にはじっとり汗までかいていた。
 その上やけに体温の高い体がを包むように抱いていて、それがまた余計に暑苦しい。

〜?こたつで寝ると悪夢見んぞー?」
 頭の上から降ってきた声に、はぼんやり目を開けた。どこかとんでもなく遠いところから引き戻された思いがする。

 首までこたつに体をつっこみ、銀時に抱っこされている自分に、はようやく気がついた。



 …はい、ぜーんぶ夢でした。





「銀ちゃん、今へんな夢見た、あのねぇ…」
「ちょ、ストーップストップ」
 銀時が芯からイヤそうに止めた。
「いらねぇから。そんなもんいいから。人の夢のハナシなんざ誰が聞きたいかっつーの」
「あ、そうなの?」
「たりめーだ。たとえお前の夢の話でも銀さん聞きたかありません」
「そっか…」
 確かに大声で言えるような夢じゃない。
「じゃあ言わない」
「そうそうそれがマナーってもん」
「エロい夢だったけど」
「マジでか!?」
 ころり。


 身体はだるく、まぶたはまだとても重たかった。銀時の声を子守唄に、はそのままもう一眠りすることにした。

「あ、いやいや待て待て淫夢なら話は別っ。どんなエロい夢?教えてみ?銀さんと一体何した夢?」
「…あーそう…自分が相手だと思ってんだ…」
「うそぉっっ!違うのぉっ?!相手誰ぇっ?!」
「…おやすみ」
さんんん?!」



 深い眠りに落ち込む寸前。夢で見た顔がおぼろげによみがえる。
 黒髪。包帯。どことなく焦点の歪んだ隻眼。

 でもあんな男、今度こそ少しも怖くない。次に万が一遭うことがあってもはきっと大丈夫。
 だって。

 くすっ、との口元が笑った。


  「万事屋晋ちゃん」だよ?





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