次の朝にはさすがにも不審を抱いた。いつまでたっても帰り支度をさせてもらえない。それどころか、今出なくては店を開けられないというぎりぎりの時間になってもまだ、不埒な手は秘所へ伸ばされる。
「ちょ、もう、もうっ、だめ、もうだめ、時間ない」
「なくないあるある」
「いみわかんな…ぃやっ!やっ!だめぇっ!」
 ぴしりとその手を打ち払い、一度はも銀時から逃れた。思えばそれも不思議なことだ。の力が敵うはずもないのに。

 銀時の真意はすぐに知れた。
 ほんの一歩では派手に転んだ。ひざは体重を支えきれず折れたし、腰ときたらぐにゃぐにゃゼリーのようで、まるで形が定まらない。
 毛足の長い絨毯に手をつき、何がなんだかわからないを、にたにたとやけに嬉しそうに銀時が助け起こしてくれた。
「だよな〜、あれだけがんばりゃ足腰立たなくもなるわなぁ」
 そのことをに思い知らせておきたかったらしい。
「銀ちゃんこそ…」
「銀さんは最初っからペース配分してますぅぅ〜」
 うきうき躍り浮かれる声。抱き上げたをベッドへ落とす。床で始めないだけ上等だとでも思っていそうなふてぶてしい目。

 横たえたに銀時は馬乗りになった。両手は肩を押さえつけ、見下ろす顔はどこか嗜虐的に笑っている。
「なんで?なんでイヤ?銀さんとすんのもう飽きた?」
「ち、ちが…違うけどぉ…っお店…」
「それはちゃーんとしてくれてっから」
「………誰が?」
 逸らされていた顔が訝しげに上を向く。つり上がる口の端を答えに代えて、銀時はその額に軽く口づけた。

 にもやっと、わかってきた。
「さいしょっから、こーするつもりだったのね?」
「なぁ、あと何回ヤれると思う?今でお前12回イってんだけど」
「えっ?」
「うっそ!」
 数えてられるわけねーだろ、バーカ。
 にっと歯を剥く。憎たらしい顔。さっきからの話もまるで聞いていない。ぺちたんぺちたん、どうにか動かせる手の先だけで銀時のわき腹を叩いて報復した。

 ふくれて口もきかなくなったのを銀時があっさり笑い飛ばす。が少々機嫌をそこねようがこの男は痛くもかゆくもないのだ。
「なに?はもう銀さんキライになった?」
 ほらまた、すぐに、それを訊く。恨みがましい上目遣いでは返した。それを言われると、は動けなくなってしまうのに。
 だってそれはない。それだけは。

 答えなどわかっているくせに、がふるふると首を振るまで銀時はわざと無言で待った。





 数時間のサイクルで寝て起きてしていたら、体内時計は大いに狂った。
 外が明るいか暗いかはわかる。だがそれが暮れようとしているのか、明けようとするところなのかはさっぱり。
 起きるとセックス。ことを終えると疲労に身を任せて眠る。何に邪魔されることもなく、眠りの国へ墜落してゆく心地よさといったら。

 空腹になると下へおりる。台所まで這っていくわけにもいかないから、壁を頼りによろよろ歩いた。階段に手すりがついていてよかった。
 いつの間にかダイニングテーブルには、食い散らかされた宅配ピザと、中身の残ったまま何本も放置されているビールの缶が。銀時の仕業だ。欲しいだけ飲んでは始末もせずに、次に飲む時も冷蔵庫から新しく冷えた缶を出すのだ。
「もぉ、だらしないなぁ…」
 残り物にもかじりついたが、疲れた身には少し重たかった。ひと口だけで胸がつかえて、手近にあった生温い、気の抜けた炭酸で流し込んだ。もう動くのもイヤになってそこで目を閉じた。

 やがて異物感に起こされる。んく…と漏れたうめき声でが目覚めたことを知ったのか、耳のそばへ低く訊ねられた。
「どう、銀さんのちんぽに起こされる気分」
 机に上半身を突っ伏し、後から挿入されていた。

 抱えた腰を引き寄せてぱんぱん銀時が深く突く。そのたび机につぶされたの乳房がたゆんと歪んだ。頬と胸、火照った肌に、テーブルの冷たさが気持ちよかった。
「…ばかみたい」
 くすくすと呆れて笑ううち、意識がまたも混濁していく。

 目を覚ますとひとりでベッドに寝かされていた。枕元に見つけたジュースを飲み干し、飲み終えた缶は横着して床へ放り捨てた。中に数滴残っていた液体がこぼれて絨毯にしみをつくった。
 部屋へ戻ってきた銀時が気づかず空き缶を蹴飛ばして、高く虚ろな音をさせた。
 からーん…!


 そのうちじわじわの頭も変容した。
 銀時と繋がった状態こそが、あるべき姿に思えてきた。
 銀時の前では裸でいるのが自然なことにも思えてきた。少し前まで身体のどこかを見られることを、ずいぶんと意識していたのに。
「…なんでだったっけ」
「なに?」
「さぁ?なんだろう」
 どうでもいいや。



 なにかの拍子にの中から二人の体液が逆流した。膣の入り口をとぷっ、とくぐり抜ける瞬間、浅い場所を内側から犯される、おそろしく淫靡な感触がした。
「や…ぅっ…」
 ぎゅっと両足をきつく閉じ、はしばらく動かない。不自然さに気づいた銀時が尻尾でも掴んだように見る。
「おぉ〜、今のそれ?イっちゃった?」
「………」
 よけいなこと言うんじゃなかった。

 はこっそり指を差し入れ、内腿を伝うものをひとしずく、雫というには固形に近い濃厚な粘液をぬぐいとった。ぬらりと光る指先を銀時が赤い目で見つめている。
 その視線を知りながら見せつけるように、は蜜と種の混ざる白濁を、それにまみれた指ごとぺろりとしゃぶってみせた。
「…すげぇことするね」
「だって、銀ちゃんの、一滴も無駄にしたくないもん…」
 頭のてっぺんにキスされたのは褒められているのだと思った。手はさらさらと髪を撫でてくれる。うれしさと誇らしさに胸が熱い。

「じゃあゴムつけて、一回一回捨てるなんざ論外?」
「うん。ろんがい」
「ナマでしかヤったことねぇなんてエロいと思わねーの?」
「そんなのぜんぜんえろくないよぉ」
 ろれつの回らない口ぶりは、普段の何倍も甘えて聞こえた。
「赤ちゃんできてもいい人としか、そのくらい、だーいすきな人としかしないんだもん。はちーっともえろくないよぉ」
「そっか」

 隙間なく絡ませあった足の根元で、何かがまた熱を帯びはじめていた。頬を赤らめが目を逸らす。
「…えっちぃ」
「おめーだって濡れてんじゃん」
 銀時の指がぴちゃぴちゃと確かめた。

「ちがうもんはかわいてないだけ」
「じゃー俺のも縮んでないだけですぅ」
「まねすんなばか」
「バカって言うヤツがバーカ」

 ふたたび身体を重ねると、離れ離れになっていたのがようやく元に戻れたような、満ち足りて懐かしい気持ちがした。







 次の朝か。昼か夜か。はまだ犯されていた。
 既に銀時の何倍もの回数を絶頂へ追い立てられている。あそこの感覚は半ば麻痺して、これ以上は何も感じないとまで思った。銀時の首へ必死にしがみつき、声の限りに哀願した。
「は…っあっ、もう、むりっ、むりよう…っ」
 ぬかるみをかき回すじゅぷじゅぷという音にも、かき消されない高い泣き声。しかし聞き届けてはもらえない。
「うそ。ほら、がんばって、まだまだイケんだろ?」
「むり…、もう無理ぃ…いっ」
 べたりと銀時が身体を伏せた。ふたりの交わりあう角度がそれでわずかに変化した。を熱心に責めていた先端がそれまでとは別の場所を擦る。
 力なく弛んでいたはずの通路が、きゅんと縮まって銀時を抱きしめた。
「ほーら…」

 容赦なく追いつめられていく。新しく見つけたその部分だけを重点的に機械的に。の背はもう何十分も仰け反ったまま、元に戻ることを許されない。つま先はずっと攣りかけた状態で固まっている。
「いっ、い、あっああっ、あっ、あっ、」
「んーっ…!!」
 初めの数回は感じていた、気の遠くなる絶頂ではない。それでも身体の中心を小波に似た痺れが広がった。弓なりに反り返っていた身体が、頂点でぴくぴく、痙攣して落ちた。

 は頑張った。

 だがまだ許してはもらえなかった。


「今のここ?あれ、いつもと違うとこでイったんじゃね?待って待ってもういっぺん、もういっぺんいい?」
「い…っ、いっ、や、はっ…、やっ…やっ…いやっ…」
 同じ姿勢で同じ角度で、ふたたび銀時が前後しはじめる。の喉からは、ひっ、ひっ、ひっ、ひっ、かすれた息しかもう出てこない。喘ぎ疲れてとうに声は涸れている。珍しいハスキーボイスのだと銀時がえらく喜んだのは、早や数時間前のことだ。

 ひと突きごとに腰が高く浮いた。ひっ、ひっ、ひっ、ひっ、いよいよ声はざらついていった。
「あ、すげ、これ、いいんだろ。わかるわ。、すげぇ、締まって…」
「んっ、んんんっんっ…!」
 もはやそれは単なる反射に思えた。膝を叩けばぴょこんと足が浮く。額を弾けば思わず目が閉じる。
 そこを刺激されれば、膣は収縮する。
「こんなの…、もう、やぁっ…」
「うそ」
 嘘じゃない本当に苦しいのに。なんて酷い人なんだろう。がこれで死んだら、銀ちゃんのせい、なんだから。
 やだやだと髪を振り乱し、歯を食いしばり、それでも銀時をきつく抱きしめるのはやめない。むしろだからこそ、なのか。少しでも苦痛を和らげようと、身体は糸のように細い快感にすがった。神経をもれなくそこへ集中し、自ら快楽を得る努力をした。

「は…っ…俺もー…そろそろ…出すわ…一緒に、な?」
「ん…うん…、うん…うん…っ」
 決死の努力をもってして、は頂点へ昇りつめる。その奥へ、銀時の欲望がぶちまけられた。どくん、と一度はじけた後も、弾が尽きるまで注ぎ込まれた。

「も…ほんとに、無理…、死んじゃう、よう…」
 銀時の下で息も絶え絶えに、艶めかしいアルトではうめいた。










 扉は音もなく閉まり、ゆっくりと降下しはじめる。軽い重力を感じなければ動いているとはわからない。静かな静かなエレベータは、どういう仕組みか他の階には止まらないようになっているらしい。箱の中が密室になると同時に心おきなくふたりは抱きあった。
 けれども肌を隔てる布がは邪魔で邪魔で仕方ない。早く切り替えなくてはと心の隅では思いつつ、生の素肌が早くも恋しくてたまらなかった。

 外出どころか、着物を着たのもしばらくぶりだ。何日引きこもっていたんだろう?
 最後は泥のようになって、丸一日は眠り続けた。が、体力はほとんど戻らないままだ。部屋の掃除なんてとんでもない。窓を開けてまわるのが精一杯だった。
 今もの足はおぼつかない。ふらつく身体は銀時がどうにか支えてくれたが、こちらも何度か不吉な腰痛に襲われて青くなっていた。どちらも目にはくっきり黒い隈。羽子板で連敗したような顔だ。ここを出ても家へは直行しない方がいいかもしれない。何をしてきたか一目瞭然、子供たちの教育に悪い。

 抱えたの髪に顔を埋め、銀時がふんふん鼻を鳴らした。
「やだやだなあに?」
「お前から銀さんの匂いがすんの」
「銀ちゃんからも、のにおいするよ」
 今度はが、銀時の襟元でくんくん言う。

 しかし甘くささやきあった直後。びくりと一度「気をつけ」したきり、はなぜか石のように固まった。

 かああっと首まで真っ赤に染まる。じりじりと両足をすり合わせ、その手は助けを求めるように銀時の着物を引っ張った。
「どした」
「………」
 …濡れちゃった。


 こんこんと湧き出す愛液が、どうしても枯れない。止まってくれない。服を着る前に汗を流してきれいに拭いたばかりだったのに、足の付け根は早くもべたべたと湿っていた。数日間で身体に刻みこまれた習性は容易に変更がきかないのだ。
 さぞかしイヤらしい冷やかしもは内心覚悟していたのに、銀時も妙に深刻な顔でいた。こころなしか腰を引き気味に。
「銀ちゃん…?」
「悪ぃ、俺も」
 引き寄せられると硬いものに当たった。どうやらと同じらしい。勃起した状態を「普通」だと、身体が間違って覚えている。いつまでもそこは充血したままだ。

 合図をしたようにぴったりのタイミングで、ふたりは顔を見合わせた。
 今さらあの部屋には戻れないけれど。

「どっかでもういっかいだけしていく?」



 ぴん、ぽーんと、上品なチャイムの音を合図にエレベータの扉が開いた。昼と夜をいくつか通過して、外はおおらかな午後の日差しに満ちている。
 今ここで消えてしまいたいほどの後ろめたさにうちのめされつつ、狛犬警備員の護る入り口をふたりはそそくさと後にした。



 それからしばらくのうちは、顔を見るたび条件反射で催してしまってとても困った。





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