ただひたすらに、深い暗闇。部屋の様子はおぼろげで、ほとんど何の像も結ばない。
 その中での身体だけは、総悟にくっきりと迫っていた。ほのかな体温も、息遣いも、そして漂う甘い体臭も。
 おそらくは天井から垂らされた鎖に高く吊られたの手首。目には黒いマスクが被され、総悟からは半分も顔が見えない。くるくるとよく動く彼女の瞳を見られないのは惜しいけれども、不安におののくその様を楽しむためとあらば仕方がないか。

「ね…、誰…?だれ…?」
 強風に巻かれる短冊のように、手首を支点にが身をねじった。
「銀ちゃん…だよね?ねぇ…、おねがい返事してよう…」
 総悟は何も答えない。代わりに手元から、じゃきんと金属質の音。が怪訝そうに耳をそばだてた。

 音もなく背後へ回り込むと、尻のふくらみのわずかに下で総悟はの着物をつまんだ。淡い桜色のよそいきは一見無地のように見えて、よく目をこらせば丸っこい模様が織り出されている。この時期ののお気に入りだ。これを着て、男といそいそ買い物しているその姿を街で見かけたことがある。
 何かの仇にするように、総悟は右手に構えていた、大きな裁ちバサミをふるった。ざっくりと横へ一直線に、荒っぽい切れ込みができる。ごくりと息をのむほどの妙な快感を総悟は感じた。
 じゃきじゃきとわざと切り口を不揃いに、大きく醜く裂け目を広げていく。やがてぱっくりと口を開けた隙間から、健やかに伸びる足がのぞいた。

「ああっ!ちょっ!ひどいっ!やだぁっ!何すんのようっ!!やめてっ!やめてよやめなさいよバカぁっ!」
 すーすーと風通しもよくなって、自分の有様を察しないでもないだろうに。恥らうよりも着物をダメにされたことに怒る、危機感の足りなさがらしい。
 でも危ないな、と総悟は思った。刃物を使うそばでそう暴れると。
「いたっ!」
 ぷちんと張りのある手ごたえがした。ほら言わんこっちゃない。ハサミの先が布と一緒に、ほんのちょっとだけ肉を挟んだのだ。

 裾の残りをもどかしく手で裂くと総悟はの足元へひざまづいた。可哀想に右の内ももに小さく血の玉が浮いている。
 身体をの足の間へねじ入れる。頭を低く低く屈めの片足を抱きしめて、ガラス玉のような赤い血を総悟はぺろりと舐め取った。
「ひぁぁっ…!」
 がぶるるっと縮みあがった。
「へっ、ヘンなことしないできもちわるいっ!」
 がしゃんがしゃんと鎖を鳴らし、うるさく暴れる。けれど総悟がお構いなしに傷口を何度も舐めてやると、抵抗はあっけなく止んだ。
 もちもちとした感触の肉に、吸いつき、しゃぶる。甘く歯を立てる。
 の緊張も次第に解ける。総悟をまたいだ格好の足がゆるゆると物欲しげに開いた。
 何がしてほしくなったのやら。聞こえないよう喉の奥だけで、総悟はくつくつと笑った。


 身体をひねり、大きく首を仰け反らせると、今はまだ茂みに隠された秘裂が総悟の目の前で慎ましく口を閉じていた。
 温かな湿気を含むその場所で、すんと小さく息を吸う。茂みの中へ鼻面を突っ込み、ふんふんと細かく鼻を鳴らす。
「や、やだぁ…そ、そんなとこのにおい、か、嗅がないで…」
 恋人の悪戯だと思い込みたい、無理にも思いたい明るい声も、薄々感じる得体の知れなさにどこか力なくかげりがちだ。
 そのくせぴたりと閉じた花びらに総悟が軽く口づけると、たったそれだけでふたは開いた。途端にとろとろと溢れ出し、止まることを知らない露。なんて躾をされてるんだろうか。
 舐めるとそれは甘かった。頭の中と同じくらい、身体の髄まで砂糖菓子でできたような女だ。

 したたる泉で喉を潤す。面白いほど素直には総悟の愛撫に応えてくれた。尖った蕾を舌先でつんとつつけば跳ね上がる。ちゅぷちゅぷと水音をたてながら割れ目全体を丹念に舐めると、その舌が動きやすいように、感じる部分を差し出した。
 望み通りの場所を愛せば悦んで腰をくねらせた。
「は…ぁっ、あ…あぁん…んあ…じょーず…それっ…それ、いいの…」
 やんわりと腰が円を描く。総悟の舌を追いかける。
 この身体はこんなにも水気を含んでいたのかと、驚くほど潤沢に愛液は湧いて出た。鼻も口も、顔中を水浸しにされて、文字通りの意味で溺れそうになって、名残惜しいが総悟は身を引いた。
 ぷは。と解放された時には思わず息を吐くほどだった。



 総悟はゆっくりと立ち上がった。どうしてもの顔を見たくて。
 肌の下に巡る血を透かし、その頬はうっすらとほの赤い。唇は薄く開かれていた。のぞく白い歯、奥に赤い舌。緩く開いたその口に、総悟はぴたりと唇を重ねる。
 思う存分、中を舐めまわし味わっても、さしたる抵抗はなかった。

 にも自分を味わわせてやりたい。総悟はのあごをつかみ、開けさせた口へぼたぼたと唾液を流し込む。糸をひき白濁した粘液が、の舌の上に水溜りをつくった。
 はうっとり目を眩ませて、ためらうことなくそれを飲み下した。仰け反った喉の表面が、かすかに動いたその直後、まるで媚薬でも飲まされたように、は腰から蕩け落ちた。


 けれど同時に、眉根が怪しむように寄る。
 の唇をしゃぶりながら、総悟は初めて声を出した。
「ダンナとは、味が違うかィ?」

 無粋なマスクで隠されていても、の目が見開かれたことはわかった。



 突然総悟の腕の中では激しい抵抗が起こった。もちろん無駄な努力でしかない。の手首は彼女に使うには勿体ないほど、大きく頑丈な鉄の錠で縛められている。
「なんでぇ、あんた今けっこー感じてたじゃねーか」
「は…離してっ!これとって!とってよっ!」
「俺が誰かはわかったのかい?」
 答えはない。認めてしまうことが恐ろしくて、わかっているくせに総悟の名を呼ぶことができない。

 無言では身をよじる。逃げる腰を追いかけ、総悟が捕らえる。
「いやっ!」
「観念しなせぇ」
「やだぁ!やめてやめてっ!」
 総悟の声は世にも楽しげだ。
「やめねぇよ。あんたぁこのまま、好きでもねえ男にここで犯されちまうんでさ」
「やぁっ、あっ!」
 手を伸ばしまずは指だけを挿入した。暴れて傷をつけられるのを恐れたか、本能的には身体を強ばらせた。
「きゃあぁっ!」
 中で鍵のように指を折ってやると、しかし身体は大きく跳ねた。目隠しは涙で湿っていても、身体は決して嫌がっていない。嫌がることなどできそうにもない。
「へぇえ、こりゃまた。ずいぶんと奥まで開発されちまって」
「は…あっ、ああっ、んっ…ああんっ、やぁっ…いやぁ…」
 総悟の指で、否応なく高められていく自分には泣いていた。男を誘う猥らな声をあげながら。

 声に応えるかのように、総悟の熱も次第に高まり、股間の肉は硬く張りつめ…。





 …いや。
 どうやらそれが、それほどでもない。

「………あれ?」
 オカシイぞ。












「ああっ!ああんっ沖田くんっ、おっ、沖田くん、いいっ…!」
 けだものじみた品のない喘ぎが、総悟の耳を不愉快に侵す。終えるまで現実は見ないつもりでいたのに、うっかり総悟は我に返ってしまった。

 身体の下で髪を振り乱し、よがっているのは別の女だ。
 とはまるで似ても似つかぬ、大人の女。
 総悟のことが好きだというから、一度でいいから寝たいというからこうして相手をしてやってる。



 壁も布団も薄くぺらぺら。色は下品な金朱色。今ではご法度の巨大な鏡も、撤去されずにそのままある。
 相手の女を馬鹿にしているかのような、最も安手の連れ込み宿だ。挨拶代わりにとりあえず寝たいなんて、そんなアバズレに捧げる敬意など悪いが総悟は持ち合わせない。
「あぁん、どうしたのぉ?沖田君…」
 うるさそうに総悟が無言でひと突き。すると「ぎゃはあ!」とでも表したほうがよさそうな、派手な嬌声が上がった。
 さっさとイかねーかなこの女。
 向こうから言い寄ってくるくらいだから、自分に自信があるんだろう。確かに崩れた色気のある、男好きのする美人ではある。胸も尻もでかいし腰はくびれて、毛先、指先、足のつま先、爪の一枚一枚まで、怠りなく手入れされた身体を見れば、その手間を思って頭が下がる。
 これならいいかと総悟自身そう思ったからこそ、この女の上で腰を振っているわけだけれども。

 艶めかしく真っ赤に塗られた女の唇は、異界へ繋がる入り口のよう。中からのぞく鋭い牙に噛みちぎられてしまいそうで、するというのに恐ろしくて総悟は女にしゃぶらせることができなかった。
 そのせいだろうか。あるいは万が一にも面倒なことにならないよう、コトの一番初めからぬかりなく装着したゴムのせいだろうか。
 自身の感覚が鈍い。
 今にも萎えてしまいそうなモノを、だましだまし時間をかせいでいるというのが正直なところだった。


 それで自分を盛り上げようと目の裏でを犯していたのに、それがどうしてもうまくいかない。
 を捕まえ、縛って、泣かせて…というのは定番中の定番オカズだ。泣いて謝るの中へ出すか、愛らしい口に飲ませるか、子供じみた顔にぶっかけるか。仕上げもだいたいそのどれかと決まってる。
 あのクソ生意気な女を汚してやれると思うだけで、いつもならこの上なく滾るのに。

 あまりに使い古してしまったということだろうか。
 ならば仕方ない。別のネタでも考えよう。


 総悟は開けたまま目を瞑った。












 そこは昼下がりのファミレス。子供を預けた母親達がわいわいとかしましく自由時間を満喫している。
 その喧騒からはやや距離をおき、店の片隅のボックス席に総悟はと向き合っていた。その手には、すっぽり手の中へ隠れるほどの小さな機械。ボタンとつまみの一つずつついた、簡単なリモコンらしきものだ。

 総悟がぽちんとボタンを押すと、の肩がびくりとわなないた。
「…もう、もう、やめ…やめて…っ」
 悪い病気に侵されたように、脂汗を流し、顔から胸元から真っ赤。目も熱っぽく充血して、それでいてうつろに蕩けている。
 世間話をするような気軽さで、総悟は言った。
「うぃーんって音があんたから聞こえまさぁ。誰かに聞かれたらどうしましょかねぇ」

 テーブルの下で、もじっとが両足をすりあわせる。羞恥に大きな涙が溢れる。
 しかしリモコンのつまみをひねると、憂いをおびたそんな表情は一瞬でかき消されてしまった。
「…ぁっ、はっ、…やっ…やめ…」
 ぎゅっと自分の体を抱き、消えてしまいそうに身を縮こめる。歯をくいしばり、声が漏れるのをこらえるのに必死だ。
 は二つに折った身体をごちんとテーブルに突っ伏した。死にかけの獣がのたうつように、投げ出された上半身がびくんびくんと痙攣する。
 彼女の膣内に仕込まれた玩具が、の中で暴れ狂っているのだ。

「んっ…、ん、んく…っ、あ…あっ、あ…っ、お願い、お願い…」
 口の端からはよだれを垂らし、朦朧とした目が総悟を見上げ助けを求める。だが初めは苦しいばかりだった振動が、徐々に快感へ変わってきているのは明らかだ。吐息に甘さが混じりつつある。
 とぼけた笑いで総悟は応えた。
「はて、お願い?どっちで?やめてやりゃあいいのかぃ?それとも…」
 行き着くところまで行かせてほしいということか。
 玩具の動きを限界まで強める。の身体が鞠のように跳ねた。
「あぁっ!おっ、お願いっ、止め、止めてぇっ!お願い、お願いっ!」

 唐突に玩具の動きは止まった。
 がくりとテーブルへ崩れ落ち、はぁはあとは息も絶え絶えだ。
 テーブル越しに髪をつかみ、その顔を上げさせる。涙で腫れた目に胸がときめいた。
「もう…やめてぇ…」
「勘弁してほしいかィ?」
 濡れた目はただ上下するのみ。
「じゃあ最後にひとつだけ、言うこときけば抜いてやりまさあ」

 壁際に総悟はあごをしゃくった。並んだグラスと、いくつかのサーバー。ファミレスにはつきもののドリンクバーだ。
「コーラがいいや。コップになみなみ、なみなみですぜ。こぼさねーようにここまで持ってきな。氷入れんのも忘れんじゃねぇぜ」
「それで、いいの?もう、許してくれるの?」
 よろよろとは立ち上がる。
 総悟の眺めるその先で、言われた通りこぼれそうなほど、グラスになみなみと注がれる液体。片手にストローを持って、がこちらへあぶなっかしく帰ってくる。
 ぺろっと舌なめずり。総悟は手の中のスイッチを、いきなり最強の位置へ入れた。

「んひっ…!!」
 身体を貫く電流も見えそう。は弓なりに身体を反らせ、天井を仰のいたきり立ち往生した。
 かたかた、かたかたと全身が震えている。グラスの中身がぼとぼとこぼれての手を汚す。
 近くのテーブルにいた女たちが、さすがにあやしげな視線を寄越した。


「おいどうしたィ、気分でも悪いのかい」
 総悟は悠々とのもとへ。濡れた両手を包んでやる。を支えるふりをして、耳元にささやく。
「なあ、みんなが、あんたのこと見てますぜ」
 中にはのただならぬ様子から、なにか感づいたような女もいた。汚いものでも見るように、眉をひそめ総悟たちを睨みつけている。

「あんたから、エロいにおいがぷんぷんするんでさぁ」
「やめ…やめてぇ…」
 だがの腰はじりじりとくねっている。振動だけではもう足りないのだ。
 視線の痛いほど集まる中で、総悟はを抱きしめた。無意識に腰が総悟の腰へ総悟を求め擦りつけられる。
 がちゃんと足元で高い音。ガラスコップが粉々に砕けて、黒い液体が床を流れていた。

「あーあー困った女だァ。そんなにヤりてぇならここでしてやらぁ。あんたが男ォくわえこむとこ、そこの皆さんに見ていただこうか」
「やめて…お願い…お願い…もう、許して…」
 霞む視線に熱く捉われ総悟の中にも疼きが生まれた。
 身体中の血が股間へ集まり、分厚い制服の上からでもその硬直はあきらかに…。





 …というほどでもない。

「………あり」
 一体どうなっちまってんだ?



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