肩を落としてがっくりうなだれ、それでも殊勝に返事をしていたがいつしか黙りこくっていた。
 ふと見ればぱっちり開いた瞳から涙がぼたぼたあふれていて、「やべっ」と思った時にはもう遅い。「泣くまで説教」は言葉のあやで本当に泣かす気はなかったのに。
 …なんて言っても後の祭りだ。

 は身体を震わすだけで、声もなくさめざめと泣いていた。よくやる嘘泣きなんかじゃない。その態度からは反省の気持ちが銀さんにも痛いほどに伝わる。
 ならばもうそれで構わないからすぐにも泣きやませてやりたいのだが、だからと言って急ににこにこと手のひらを返すわけにもいかない。それではまるで銀さんが涙にほだされたようじゃないか。
 あくまで銀さんは言うべきことを言い、もきっちり反省したから、それで説教を終えるのだ。順序を誤解なきように。


 狭い四畳半の真ん中でふたりは正座で向き合っていた。銀さんは胸をやや反らせて、腕を組みを見下ろす姿勢だ。珍しく目と眉の間も詰まった至極真面目な顔をしていた。
「銀さんがなんで怒ったか、わかったな?」
 がこっくりうなずいて、それをもって正式に小言は終了。銀さんは黙って立ち上がると仏頂面で布団を敷いてやった。
「おら、もう遅いだろ」

 やはり声もなくうなずいてがよたよたと流しへ立つ。顔を洗おうと屈んだ背中は少し強めにした水音にまぎれ、ようやく泣き声をあげた。ひぃぃぃぃん…と鉄板をかするような、その音が銀さんの心臓に爪を立てる。誰があんなにもを泣かせたのか、思わず胸をかきむしってしまう。

 水はいつもより長く流れて、心配になる頃やっと止まった。手ぬぐいで顔を覆いながらが畳の間へ戻ってくる。
 それも顔を拭くふりで本当は涙を押さえているのだろう。さりげなく顔は見せないように、そそくさと部屋の明かりを消すと、先に銀さんが丸まっている布団へそっともぐりこんだ。
 背中あわせに身体を丸めて。






 消え入りそうな「おやすみなさい」に「ああ」と気のない返事があって、静かに数十分は過ぎたろうか。
「………」
 しかし内心銀さんの気まずさときたら相当だった。
 このまま寝れば明日の朝食にはけろりとしている予定だったのだが、の落ち込みようは予想外。背中を向けて丸まっていてもぴりぴりと緊張が伝わってくる。この様子ではは朝まで一睡もできないかもしれない。
 これはまずい。

 そうやって今は冷静に判断のできる自分にも、銀さんは反省せざるを得なかった。を叱っている最中にこの目配りができていれば、度を越して泣かすこともなかったわけで、つまり銀さんは叱ったのでなく、自分の怒りをにぶつけてしまっただけなのではないかと。


 それというのもは今日、依頼もされない厄介事へ万事屋を名乗り単身乗り込んだ。行き先は吉原。若い娘がふらふら行っていい場所じゃない。第一、いくら「万事屋銀ちゃん」の仕事を増やす為とは言え、押し売りまがいのみっともない真似、ましてやにはしてほしくなかった。
 しかも現場でよりにもよって商売がたきにはちあわせ。後から駆けつけた銀さんともども、すごすご帰らされる破目になったのだ。
 正直言うとのおかげで余計な恥をかかされたという思いは確かに銀さんの中にあった。

 後ろめたさがいよいよつのる。八つ当たりでケンカをするならまだしも、叱ったつもりでいたのは卑怯だ。それなのに叱られてくれていたは、おそらく銀さんの痛いところを突いてしまったとわかっていたのだ。
 どちらがガキかわからない。

 心を決めた銀さんは、ごろんとひとつ寝返りをうつとの丸めた背中を抱いてやった。



 やはりまだも眠っていなかった。びくりとこわばったところを引っ張り、こちらを向かせた小さな身体をすっぽり腕でくるんでやる。
 そうしていつでもしているように頭のてっぺんへ顔をうずめて、聞こえよがしにすんすん嗅いだがそれでもの緊張は止まない。
 しばらく甘い香りを味わい、銀さんは声をやわらげた。
「悪かったな。俺も言い過ぎた」

 身体がはっとしたのを逃さず、銀さんはを抱きなおした。
 突っ張っていた手足から見る間にくにゃくにゃ力が抜けて、やがての手もおそるおそる銀さんの背へ回される。銀さんに比べてあまりにも頼りなさすぎる力だった。
 寝間着にしている甚平の布地をその手が握りしめる。はじめはか弱く、次第に強く。ついには織目を裂きそうなほどにぎゅうっと力のこもった頃、泣き声がとうとう堰を切った。
 それはふぇぇぇぇぇ…とか細くて、おまけに顔を突っ伏したおかげで音はくぐもっていたけれども。
「ごめん、ごめんなさい…ごめんなさい…」
「あぁあぁ、もういい。おめーもわかったんだろ?」
 揺れる頭をかき抱いてやる。ほんわりとしてうれしい熱さが銀さんの胸元を濡らしていた。
「もう、怒ってない?銀ちゃんもう、怒ってない?」
「怒ってねーよ。別に最初っから」
 そこはそういうことにしておいてほしい。

 おかっぱの髪を撫で下ろすと、つられての顔が上がる。
 涙に濡れた大きな目。
 明かりはなくともほの白い部屋で、その表情もよーく見えた。
 まだ銀さんに少し怯えていて、それがなんともいたいけで。


 突然銀さんは「はくっ!?」と息を呑んだ。胸の奥底から別種の衝動がに対してこみあがり、我ながら呆れ返ってしまう。いやいやいやそれはないないないない。泣くほど説教したばっかりで、それはないない。ないないないない…。
 も今では銀さんにすっかり身体をゆだねきっていて、全面的に信じているのに、それはないない。ないないない!

 背中にの指を感じた。爪ではなしに指の腹が布越しに強く食い込んでいる。ぞわぞわとそこから細かな痺れが、腹の奥の奥を疼かせながら爪先までを走り抜けた。
 だが、その気になれば銀さんはポーカーフェイスもお手の物。渦巻く邪心はおくびにも出さず、胸の鼓動も隠しに隠してそ知らぬ顔でどうにか笑った。

 目があうとは照れくさそうに、涙の乾かない目を笑わせた。
 叱られて泣いてしまったなんて、こどもみたいで恥ずかしいのだ。
「えへっ」
 ああああなんだよもおこのやろおぉぉぉぉぉぉ…!

 気づけば銀さんはその唇にむしゃぶりついてしまっていた。



 ぷるぷるとしてやわらかな唇をまるごとはむっと食べるように。ぴたりと重ね、味わって、角度を変えてまた重ねる。
 薄くひらかせたすきまから舌を挿し入れ遊ばせた。とてもしつこく長ったらしく、夢中でむさぼり喰ってしまった。
「ん、くふ…、んん…」
 はその長い間されるがまま。応えはしないが逃げもしない。たぶん銀さんが、しょげた自分を元気付けようとふざけていると思ったに違いない。
 唇が離れじっと目を見てもはやっぱり照れ笑い。しわがれ声になったのは、気を抜けばまだ泣いてしまうのをごまかそうとしたせいだろうか。
「ありがと銀ちゃん。もうげんきよ」
「あ…?……あぁ」
 けれど銀さんは上の空だ。少しの間自分ひとりで考え事をしていたかと思うと、おもむろにごと寝返りをごろん。
 仰向けにされたの上へ身体ごと覆いかぶさっていた。



「………?」
 ぽかんとしすぎては声も出ない。銀さんの意図が読めなくて、むろん抵抗など思いもつかない。それをいいことに銀さんはずるずる後ろへずり下がり、の寝間着をひといきにめくった。ぽってりとした白い太ももがあらわになるほど思いきりよく。
 息もつかせず股間を探る。図々しくもひだをかきわけ入り口をするりと撫であげた。まるでお医者さんのするようなごく事務的な手つきに気を呑まれ、ここでもはついうっかり嫌がるタイミングを逃してしまった。

 当然ながらその部分はさらさらと微塵も湿り気などない。そこへ銀さんが真面目くさったしかめっつらで這いつくばった。
 付け根の肉をむにっと広げ、中心へまずは口付ける。お菓子にするようにぺろぺろと割れ目にそってよく舐めて、それから口に溜めた唾を垂らし、舌先でたっぷり塗り広げた。
 表面だけは濡らされていても、とても「潤った」と言うには足りない。が、足りていないのは承知のうえで、銀さんはよいしょと足を持ち上げた。
 ひざの裏側へ手を入れて、をずるずる引きずり寄せる。肉がふくふくのふくらはぎを気持ち良さそうに揉んでいたけれど、道草食っている場合じゃない。銀さんは思い出したようにせわしなく下着をずり下ろした。
 半勃ち未満の自分自身を手早くしごき、へ突きたてる。
 先端がそこへ触れただけで、腰骨を震えが這いのぼった。

「う…っ」
 しかし潤滑油がやはり足りないか。むけた亀頭がひっかかって痛い。じっくりとまずは先端だけを何度も何度も押し付けた。そのうちが濡れてくれるだろう。
 思った通り根気良くするうち次第にすべりがよくなってきた。にじみでてきた蜜に誘われ、ぬるんと頭が飲み込まれる。前後するうち棹のなかばまで。
 ちゅぷっ、ちゅぷっ、といつもよりは控えめだが水の音も聞こえだす。
 銀さんは一度腰を引くと、弾みをつけて深く突いた。

「おぉおぉぉ…」
 ついに根元まで深々埋まった。身に染み渡る快感に熱い溜め息が漏れていた。銀さんはぐっと目を閉じて、に包まれている部分へ感覚すべてを集中させた。
 まだ硬い通路が銀さんを阻んでぎゅうぎゅう押し戻そうとする。皮肉なことにその締めつけが、みるまに肉棒を元気にした。
 腰が勝手に前へ前へと。
 呼吸とも喘ぎともつかない声はひとつ残らず銀さんのものだ。
「は、は、あ、はっ、はっ、はっ、はぁっ、ふっ、ぅひっ…」
 それでもこんな意味のない音ばかり、いつもの銀さんに比べれば無言で犯しているも同然。

 ちらり盗み見るとは「きょとん」としか言いようのない顔をしていた。目を丸くして銀さんを凝視、「へ?へ?へ?へ?」と戸惑う声の聞こえそうな開きっぱなしの口。驚きのあまり抵抗も逃亡も、もちろんよがるもあえぐもない。
 ただ、呆気にとられているうちに、最初の痛みもうやむやなまま身体を通り過ぎたようで、それだけが救いと言えば言えた。



 目がまんまるの、口がぽかんの。
 のその顔はそれからまもなく、銀さんが終わってもそのままだった。
 そう長くもない時間のうちに我が身になにが起こったのか。夢かもしれないと思いつつ、けれど身体は芯からだるくて、間違いなく行為の名残がある。だらりと投げ出している足はやたらと重くて閉じるのも億劫だ。
 無理矢理開かされたあそこから、生温かい白濁がこぽりとひとくちこぼれたのもわかった。


 の真上で長いこと息をきらしていた銀さんは、やがてどすんとへたりこんだ。手近に掴んだ手ぬぐいで、欲を吐き出し萎びたものをいかにも面倒そうにぬぐった。白地に紺の豆絞りはが涙を拭いていたものだ。内側を外へたたみなおして、うって変わってこちらは丁寧にもそれできれいにしてやった。
 それから足を閉じさせて、裾もきれいに整え直して、最後に赤ん坊の背をあやすようにの太ももをぽんぽんたたいた。
「はい、できました」
「………」


 はまっすぐ天井を向いて、姿勢も正しく横たわっている。そっと布団も掛けてもらうと、何事も起きなかったかのようだ。
 ただやはりその顔はきょとーん?ぽかーん?
「おーい?ちゃーん?もしもーし?」
 不安になってのぞきこむと、放心状態だったが銀さんを見て正気に戻った。

 ところが細くはかない声で、震えながら言われたのはこんなこと。
「…えっと、銀ちゃん…、こ、こんどこそ、もう怒ってない?こ、これで、もう、ほんとに、ゆるしてくれる…?」


 …血の気のない顔。そして止まったはずの涙がふたたびみるみる盛り上がるのを、目の当たりにしてよりもっともっと青ざめたのは銀さんのほう。
 聖地へ礼拝する人のように、銀さんは諸手を上げひれふした。

「泣くまで説教していいから!」








リクエスト企画番外編。
A様から「怖いくらいに叱られるんだけど、最後はイチャイチャしながら許してもらえたらすごく癒されるだろうなv」
という裏夢でした。
「癒し」パートは一瞬で終了しました。すすすみません!