縦横無用に積まれた本で壁のほとんどが隠れた部屋。職場における俺の棲み処、ここは国語科準備室だ。
 唯一ひらけた窓からは初冬の西日が長く射し込み、向かいの本棚まで達している。そのあたりにある数冊の背表紙は持ち主の俺でも読みとれないほど日に焼けてすっかり色褪せていた。
 試験期間真っ最中とあって、部活の音もひと気もない。試験の済んだ教科の担当は今頃採点の最中だろうが、ここは職員室から遠かった。


「あのー…、一旦休憩にしませんか」
「バカなこと言わないで。さっさと終わらせるのよ!」
 傍には制服の女生徒がいたが、これではどちらが教師かわからない。慣用句のひとつとしてではなく、は本気で俺の行いが
「もう、信じられないっ!」
 ようだった。
 そこまで言われるほどのことだろうか。生徒どもに提出させた諸々を今日まで溜めこんでいただけだ。たとえば漢字の小テスト。10問しかない簡単な答案だ。担任しているZ組の他に国語を見ている4クラスの生徒、120人×5回分が溜まってはいるが。
 成績をつけるにはそれら全てを採点、集計しなければならないわけだが。
 明日っからはやはり120枚ある期末の答案の採点が待っていて、その5日後には成績表を提出しないといけなくて…。
「あれ?ピンチ…?」
「もうっ!信じられないっ!」
 怒鳴る間もは手を止めず、俺の筆跡でノートの添削をしてくれていた。優秀な助手だ。

 狭い机に無理矢理作った窮屈な作業場で並んでお仕事。さっきからは怒りどおしだった。
「生徒に採点まで手伝わせるなんて!こんなことがバレたら大問題よ!」
「だいじょーぶだよ。お前さえ黙ってりゃ誰にもわかんねえって。もーまんたいもーまんたい。ああ、漢字で書くと無問題な」
「バカっ!」


「昔っから銀ちゃんはそうだった!やればできるくせにギリギリまでサボって!あの子のそういうところが心配だって先生もずっと…聞いてるのっ?!」
 ヒステリックに吠えかかられても俺の口元はゆるむばかり。
 意識の変革とは恐ろしい。
 これまでは意味不明にして、日本語を為しているのかどうかすら疑わしかったの声が、今はこのうえなく愛しく聞こえる。
 意味がわからなかったというよりも、わかる気がなかったということだろう。真面目に耳を傾けさえすれば、の小言はその向こうでいつでも同じことを俺に訴えている。散歩をねだる子犬の声だ。

 しかも自分の吠える声を、ふと省みては黙った。
 数ヶ月も前にはなかったことだ。


 変わったのは俺の意識ばかりじゃない。自身、どこかの誰かに手痛く灸をすえられたらしい。
 間違ったことは言わないを完膚なきまで論破してのけたんだから、その誰かさんも大したものだ。
 何を言われたのかは知らない。しかしそれ以来は俺に対して、優しくあろうと心がけているようだった。

 ぷいと逸らされたの顔は、どこかふて腐れているようでもある。それは正しい。悪いのは俺だ。
 それでもは顔を上げると、懸命に俺へ微笑んでみせた。
「…ごめんなさい。言い過ぎた」
 にこ。
「………」

 ぶるっと背筋に痺れが走り、超高速で顔を背けた。桃色に染まった男の顔など意地でも見せるわけにはいかない。
 意に染まないだろう作り笑いが、ぎこちなく強ばった愛想笑いが、なぜにこうも胸を騒がせるのか。
 ツンデレなんて手垢のついた言葉で片づけられたくなかった。誰よりも清く正しく強く、そんな己に自信とプライドを持つこの娘が、俺の為にだけ、俺の前でだけ、俺に合わせて曲がってくれることが素晴らしいのだ。
「ははっ、気にすんな。お前があんまりしおらしいのも調子狂うって」
 俺がいい加減に笑ってみせるとそれだけでは真っ赤になった。唇をきゅっとかみしめて、今にもほころんでしまいそうな顔を必死で引き締めているのがわかる。
 こんなにキュートな顔を見るのに、その代償というのがなんと俺ごときの言葉ひとつでいいとは。買い手市場もここまで有利だと恐ろしい。





 ふたりで涙目になりつつもどうにか仕事は片づいた。机に広げた書類がなくなると、さすがにもぐったりとパイプ椅子へ身体を沈ませた。
「ふぅ、おつかれさま」
「はーいおつかれさん」
 気づけばとうに日は落ちている。作業の勢いが止まってしまうのを嫌い、明かりも点けには立たなかった。薄いカーテンを閉めてしまえば、部屋はもう真っ暗。外から見ても中に人がいるとは思えないだろう。

 意識の変革はもうひとつ。
 この部屋が人目の届かぬ密室であること。そんな場所にふたりっきりで居ること。
 が入学してからの三年近く、当たり前のように過ごしてきたこの状況が今ではやたらと後ろめたい。以前からよからぬ噂があったと聞いてしまってはなおさらのことだ。
 「疚しいことは何ひとつない」と、今では胸を張ることもできないし。


 互いの顔もおぼろげな暗さが逆に緊張をほぐしてくれるのだろう、も油断して年相応のガキっぽい顔を見せている。
 期待いっぱいに手伝いの褒美を待っているのが微笑ましかったが、言うとまた怖い顔をされるから言わない。
 代わりに俺は椅子をに寄せ、手を出した。
「はー、終わった終わったァ、ありがとな」
 つとめて何気ないふりで、の頭を抱いてしまう。わずかに身体を硬くしたも、腕の中でたちまちふにゃりと溶けた。

 子供を弄ぶ罪悪感に駆られないでもなかったが、俺は俺でひとりの小娘の手で強烈にそそのかされていた。
 どうやらはこんな俺のことが好きで好きで仕方がないらしい。ならば俺も礼をもってその気持ちに応えようかと。
 ヤツの口車にまんまと乗せられたようなのが癪だが、そうしてこの娘ひとりだけを特別大事にしてやると決めたら、一生の問題の半分くらいは片づいてしまった気がするのだ。

 互いに行儀よく椅子へ掛けたまま、軽く唇を触れあわせた。
 小ぶりでなめらかな触り心地を表面だけ味わいあっさり離れる。は頬を染めて陶然としていたが、冗談めかして終了を告げた。
「はい、おしまい」

 だがこくりとうなづいたはずのは、俺の袖をつかんで離さない。自分からせがみ、唇を重ねる。より深く合わさろうとして、の唇はもどかしそうに角度を変えて俺に触れた。
 同じく表面が触れているだけなのに貪られるような恐怖を覚える。
 情けないことに腰の引けた俺を、が追いかけて腰を浮かした。片ひざを俺の座る椅子…広げた足の間へ付くと、俺がしたより情熱的に俺の頭を抱きしめた。

「おい…」
「ん…ふ…。もうちょっと、だけ…」
 濡れた目が俺を見上げて言う。
「続きは卒業…したら、なんだよね…?」
「あ、ああ、この先は、卒業してからな」
 「卒業」を区切りにおいたことに大きな意味はないけれど。

 もともとコイツは隣の家のお嬢ちゃんだ。もしも生徒として出会っていたなら誰に何を言われようがこうはならなかったし、もちろん「卒業」もへったくれもなかった。
 俺はぐーたらの手抜き教師だが「生徒」が「先生」に向ける恋慕が200パーセント誤解であることだけは、職業倫理のひとつとしてかたーく肝に銘じてる。


「ね、卒業って、どうなれば卒業…?」
「は…?」
 ちゅっ、と唇が触れて離れた。しかし離れはしたものの俺たちの距離は無いに等しい。低く押し殺した囁きは、まるで睦言を交わしているようだ。
 違うのに。

「いやまぁ、ふつーは、卒業式の…」
 の目がやたら艶やかに見えて、声の震える自分が情けない。
「3年生は、1月の途中で学校終わりよね。それは卒業?」
「いや、えーと…」
「明日から学校来ないことにしたら、今日が卒業?」
「何をバカな…」
「だったらそうする。は今日卒業」
「ばっ…!」
 深く深く深く口をふさがれた。
 こいつをバカと思う日が来るとはまさか思いもしなかった。


「わ、わかった!わかったわかった降参!」
 口の中をつたなく這おうとする舌に、慌ててを引きはがす。
「じゃあもうちょっとだけな、もーちょっとだけスゴイちゅーしてやるからそれで…」
「だめ。もっと。銀ちゃんの家でしたようにして」
「あ、あれは、お前、いや、あれは、ちょっとやりすぎて…」
「だったら今日もやりすぎて」
 はきかない。いやいやと身体で駄々をこねる。まさかこれも誰かさんの入れ知恵なのか。
 口の中で小さく転がす言葉は自分に言い聞かせるようだ。「素直にならなきゃいけないの」「でないと、誰にもわからないの」
 そしてこれは俺に。
「わかってもらえないのは、正直に言わない私が悪いんだって」



「好き…」
 ぴたりと触れた唇から細い舌先がしのびこみ、俺の歯をなめてすぐ出ていった。
「銀ちゃん好き。好きよ」
「あ、ああそう…」
 触れては離れを繰り返すうちに唇は唾液で濡れ光る。ほどよく湿った感触が唇だけでは飽きたらず、俺の頬も額も夢中で這い回った。
 目が回りそう。
 ちゅーひとつでスイッチの入ってしまう優等生とか反則じゃね?


 不安定な姿勢で転ばないように…と、色惚けた頭にも苦しい言い訳で、俺は両腕をに回した。
 うちのガッコの制服は無防備すぎやしないだろうか。セーラー服の裾はあんまり開放的で、手はもう肌に触れている。たった少し手のひらをすべらせただけで、指先は薄い布にたどり着いた。
 ブラを彩る細かなレースを「デコボコ」と形容しそうになって、男のガサツさが我ながら笑える。けれどきめ細かな素肌に比べて、布地に施されたその装飾はいかにも無粋に思えたのだった。
 胸元へ指をひっかけて、中のふくらみをじかにつついた。が強ばるのもかまわず、指の腹で突起を探り当てる。押せばつぶれる頼りなさだった粒を、こりこりになるまで硬くして遊んだ。

 の鼻からくぅんと息が抜けた。スカートの中で尻を撫でる手も嫌がるどころかは悦んで、もっともっとと欲しがった。
 わかりやすく喘ぐ声はない代わり、キスが淫らになっていく。熱のやり場がわからずに、一生懸命俺に身体を擦りつけるがいじらしかった。



 の言う通り、ここまではまだ初めてじゃない。もう少しだけ先まで実は試してみた。先週の日曜、俺の家。黙って本を読み続けていることにも飽きて。
 おかげでには余計なことを覚えさせてしまったが、俺もしっかりと学習した。
 と抱き合うなら学校に限る。
 家には布団もゴムもあって、こことは比べものにならない本物の「ふたりっきり」がある。
 あそこじゃ次はもう歯止めがきかない。

 今だって俺は偉そうな口をききながら、この先を夢想せずにいられないのだ。
 下からを貫くことを。
 硬い肉を破る感覚さえ身体はリアルに思い浮かべる。全身の血はその部分に凝り、足の間にあるのひざへそれが当たってしまわないよう警戒しなくてはならなかった。



 その望みを先回りするように、が俺を跨ごうとしていた。
「バカ、なにやってんだ」
「や…っ」
「ヤ、じゃないの」
 俺の理性は全開に、の身体は裏返しにして、ひざの上へちょこんと座らせてしまう。
「はい、ここまで!」

 背後からを羽交い締め、その背にべったり顔を伏せた。どーかこのへんで勘弁してくれ。これ以上先へ踏み込んで、そこで止まれというのは拷問だ。
 の尻には今も俺の熱がしっかりと当たってしまってはいたが。
「銀ちゃん…」
「あーもう、悪い子だよ」
「ひゃっ?!」
「悪い子にはこう!」

 スカートの中へ手を差し入れるとはたちまち大人しくなった。
 ぴったり閉じられた腿の間が汗で生温かく蒸している。
「お前おぼえてろよ。卒業したらひでーから。こんなもんじゃ済ませてやらねーから」
「だから、卒業なんかどうでも…」
「だーめ。今決めた、卒業式。卒業式までこれ以上はナシ」

 あたりさわりのないひざの近くから、中心へ向かい手を滑らせる。俺に抱えられた薄い身体がどきどきと脈打っていた。
「ここいじられるのが気に入ったんだろ?」
「な…っ!?」
「違うってんならやめよーか」
 張りかけた声をぐぐっと飲み込み、はうなだれ、首を振った。
 大切な部分を覆う布、俺の指が下着の表面を撫でる。汗と言い逃れはできないぬめりで、を隠した布は濡れていた。触れてやったのはまだ一度だけだが、その一度ではこの場所がとても気持ちよくなれることを覚えた。理解が早いのも善し悪しだ。



 俺たちはどちらも声を忘れた。
 指先に神経を集中させて、耳たぶよりも唇よりも、ぷにぷにと柔らかい部分を見つけた。
 下着の脇から直接触れると、驚いたは開きかけていた足をまた閉じた。さんざねだっていたくせにいざとなると身体はびびってる。そのくせ転がりだすと止まらない。
 これじゃあいつかの本番が思いやられる。
「大丈夫だよ、こないだみたいに撫でるだけ。な?」
「うん…」
 最初に中を知るのは俺だ。たとえ自分の指だって味見なんてもったいないことはしない。

「俺が好きだって?」
 したたるほど蜜にまみれた指で、強く弱くいくつも円を描く。強く押したのが「そういう意味」だと、正しく理解したコイツは偉い。
「好き…」
 そうそう、それを何度でも聞かせろ。
「好き…」
「ん?」
「だぁいすき…」
「そーか」
「うん…」
 だらしなくゆるんで投げ出された足が、なまめかしくて股間がうずいた。

 ぐっとの腰を自分に引きつけ、硬く張ったものを押し付けてやる。の脈がばくばく激しくなったがこれくらいは許されるだろう。
 実際に触れている場所は指先のほんの一点だけだ。生意気に勃起した中心を、執拗にそこだけひっかき続けている。
「んっ…」
 の喉が反り、腰が反る。逃げられないようしっかりと抱いて、俺の身体に縛りつけた。
「銀、ちゃん…、銀…あ、ふ…っ、ん、んっ…」
 の熱い肌、短い息から、火照った顔を想像する。
 ひざから下をからませると、の両足は俺にされるままはしたないほど大きく開いた。
「ぅあ…」
 下着もろとも制服をまくりあげ、形よく張った乳房もさらした。
 俺に与えられる快感よりも、あられもないその格好がの頭をおかしくしていく。ろれつは怪しく、意味をなさない。喉から勝手に漏れる音はもはや声とも言えそうになかった。
「あ、や、らめ…、う、うう、うう、」
「ん??どうした、ここ?ここが?なに?」
「ん、んふ、ん、あっ、や、ぎ、銀、ふぁ…や、やっ…」
「ん?」

 寝言に相づちを打つのは良くないとか言ったか。そんな俗説を思い出す。
 抱いた背中はこわばりだしていた。肩にはさざ波が走っていた。スカートもめくれてむき出しの下腹部がひくひくと何度も上下する。
 髪は乱れ頬に貼りついて、は不安げに身を竦ませる。俺に弄ばれ追いつめられ、自分の身体がどうなっているのか、俺にわかっていることがにはあまりわかっていないらしい。
「こないだ覚えたろ?またアレが来るんだよ」
「あ…、や、アレ、や、怖…」
「ウソつけ。気に入っちまったくせに!」
「む、んぐっ?!」
 思いきりをのけぞらせ、唇にむしゃぶりついてやった。乱暴と言ってもいいほど速く、ふやけた指を動かした。の爪先はきゅーっと引きつり、ひと息に絶頂へと追いやられる。
「んん…っ!んんんんんっ!」

 がびくんと大きくひとつ、そしてびくびく二度も三度も、俺のひざの上で痙攣した。やっと唇を離してやると、銀の糸がだらりと細長く伸びた。
 止まらず動き続ける俺の手をが上から握りしめる。
「うっ…、う、も、もう、い…、」
「終わり?もういい?ん?」
 眉根につらそうなしわを寄せ、こくこく助けを求めるのでゆっくりと指を離してやった。





「銀ちゃん…、あのね、銀ちゃん、好き…」
「ん。ああ。俺も、まあ、アレだ」
 かすんだ目をして言うのにほだされ、ガラにもなく素直に返事をした。
 広がった足を揃えてやり、乱れた髪を指で梳き、くったり力の抜けたを「いい子いい子」と撫でてやる。
 でも。


 卒業したら覚えてろ。こんなもんでは済まさないから。









リクエストありがとうございました!
P様から「3Zで、生徒ヒロインをひたすら気持ちよくさせる、という我慢強いにもほどがある銀八先生が読みたいです」でした。
2011銀誕のせんせーとヒロインです。