奇妙な光景ではあった。
 若い女が戦艦の中をひとり自由に歩いている。若い女というだけなら、珍しいが妙なことでもない。女だてらに戦闘員として所属する者も無くはないから。
 女の奇妙なのはその装いだ。質素な綿の黒ワンピース。袖はぴたりと腕に沿って細く、ふくらはぎまで隠した裾にも必要以上の広がりがない。ひとつだけ、実用性とは無関係に身につけている平たい帽子も、飾りというよりは象徴だ。髪をひっつめその上に小さな帽子を留めるたび、彼女は身の引き締まる心地がする。
 装飾性というものを丁重に排除したそれは、下っ端の…格の高くない聖職者の姿を思わせた。事実今は無き彼女の母星は、とある唯一神を信仰する人々の暮らす場所。彼女自身も敬虔な信者だった。

 彼女は。ここの師団長の囲われ者だ。その異装ともあいまって彼女の存在はこの艦内にまたたくまに知れ渡った。こうしてひとり歩いていても、悪戯はおろか声をかける者もない。星々を股にかける悪人どもが、この女には関わるまいと避けて通っている有様だった。

 は人を探している。一時ひと気のなくなった艦に続々と賑わいが戻ってきていた。目当ての獲物の略奪をまんまと果たしてきたのだろう。船室で、共用のスペースで、上の目を盗みかすめとった戦利品を声高に自慢しあうのが聞こえる。
 ところが彼女の身辺だけは静か。いつもならすぐに顔を見せる主人、神威がいつまでも戻らない。
 まさかと思うがケガでもしたかと医務室を訪ねてみるところだ。





 奇妙を通り越してもはやシュールだ。自分の存在を棚に上げ、が思ったのも無理はなかった。
 前方から、全裸の女が走ってくる。

 と同じ年頃の、美しくはないが健康そうな娘だった。その後ろから傘を担いだここの副官もやってきた。阿伏兎は悠々と大股に、その足取りには「追いかける」というせわしなさを一切感じない。しかし、にもかかわらず髪振り乱して逃げる娘との距離は見る間に縮んだ。
 裸の娘の髪を掴み、阿伏兎は呆れたようなあきらめたような、この男独特の節回しで言った。
「おいおいおじょーちゃん、志願兵が敵前逃亡しちゃダメだろォ」


 涙と洟を垂れ流し、娘がぎゃーぎゃー喚き散らした。叫び声はまるで意味をなしていない。釣り上げられた魚のように体はびちびち仰け反り、跳ね返り、夢中で暴れる娘からはヒトとしての知性も失われていた。に助けを求めようともしない。恐怖に眩んでしまった目には何も見えていないのかもしれなかった。
「おかえりなさい阿伏兎さん」
「は?ああ。あぁ、うん、そりゃどーも。アンタも留守番ご苦労さん」
 場をわきまえず馬鹿丁寧なのお辞儀に毒気を抜かれ、阿伏兎が居心地悪そうにした。裸娘とそう変わらない。一見聡いの目も何を見ているやら杳として知れなかった。
「神威は?」
「あーうん、まぁアレだ。もうすぐ行くからアンタはおとなしく部屋で待ってな」
 わざとらしいのは承知の上でそそくさ話を切り上げると、泣き叫ぶ娘を引きずって戻る。
 しかし後ろをがついてきた。
「…ま、そりゃそーか」
 困ったことになった。



 かなりの距離をおいた通路まで、下卑た笑い声は響きわたっていた。大勢の騒ぐ声は振動となり、その震源は艦で最も広いサルーンだ。入り口近くたどりついても人垣に邪魔され先が見えなかった。
 海賊たちの少し手前で阿伏兎はくるりとへ向き直った。生身のほうの手の平を娘の眼前にずいと突き出し
「はーいここまで」
 と通せんぼ。
「アンタは絶対近づけるなってこわーい団長さんの言いつけでね」

 だが鈴なりになった手下たちが、に気づき囃したてた。
「いいじゃねーか見せてやれば!減るもんじゃねぇし!」
「ほら団長!愛しの尼ちゃんが来てくれたぜぇ!ほら、この姉ちゃんも可愛がって見せてくれよ!」
「あ、おいこらこらっ!」
 阿伏兎の制止も聞こえぬフリで、ひとりがに場所をあけた。


 テーブルと椅子を残らず脇へ寄せ、部屋の中央に開けた空間。好色な視線の集まる先で、陽の色をした三つ編みがひっきりなしに跳ねていた。
 神威が女を犯している。逃げてきた娘と同じく裸の。似たようなのが傍らにさらにもうひとり横たわっていた。

 神威のほうは下穿きをわずかにずらしただけで、女の穴を穿っている。ショーのように衆目に曝される行為と、爆笑とともに眺めるギャラリー。狂騒的で、どこかまがまがしい光景にもの表情は変わらなかった。
 またも場違いなあどけなさで、きょとんと神威を指しただけだ。
「どうなってるの?」

 力なく深いため息とともに、観念した阿伏兎が教えてくれた。
「バカが敵さんと遊んでやがるから。くっだらねぇ薬を吸わされちまったんだよ」
「お薬?」
「あれ見りゃわかるだろ?惚れ薬、つーかひらたく言やぁ、まあ強壮剤だな」
 襲った商船の用心棒が思いがけない手錬れだったもので、神威は喜んでしまったらしい。とどめを刺さず泳がせていたら、打つ手の他に無くなった敵のデタラメな反撃にしてやられた。
 その用心棒は地球で言う「忍び」のような、本来密偵を生業にする者で、媚薬は尋問用に持っていたようだ。

「うっかりにもほどがあるぜ団長!」
「…るっ、さい、殺すよ」
「ヒャハハ!もう死んでますって!」
 傍らの女は眠っているわけではない。

 忌々しげに神威が突きあげると、下の女も白目をむいて、足が蝦蟇のように大きく跳ねた。
 そばに居た船医がにやにやと女の手をとり脈をはかる。軽く手を挙げたのは彼女にまだ息があるとの合図だ。それを見た数人ががっくり肩を落とし、逆に数人は歓声をあげた。女があとどのくらい生きているか、小銭を賭けて遊んでいるのだった。

 とはいえ、勝負がつくのも遠くはなさそうだ。阿伏兎に捕まった裸娘が思い出したように暴れ始めた。今の女が使えなくなれば次はこの娘の出番なのだろう。
「…ったく。積み荷ちょろまかすのも限度があるからな?女はコイツでしまいだぜ団長。これで足りなきゃあとは壁に穴でも掘って突っ込んでるんだな」
 阿伏兎にそのつもりはなかったが、観客がどっと沸いた。
「つーか団長の大砲なら壁に穴ぐらい開けられんじゃねーの!」
「違いねぇ!」
 騒々しい哄笑が巻きおこる。
 裂けて血にまみれた女の間へ規則正しくぶちこみながら、神威までがけたけた笑い狂っていた。



「こんな時こそわたしを使えばいいんじゃないの?」
「はァ?なーに言ってんのアレが見えない?アンタじゃ一発でお陀仏だよ。んーなコトになりゃオジサンがヤツに叱られちまう」
 どういうわけだか神威はこの、地味な星からひっさらってきた尼さん娘にご執心だ。ケガをして死にそうだったのを治療までしてやるオココロの篤さ。理由も意味も不明なまま、以来手もつけず側へおいている。
 あれの考えは阿伏兎にも解らない。見目良い娘ではあるが、もっと美しい娘ならこれまでいくらでもいたし、そもそも皮一枚の造作に重きを置く神威とも思えない。
 ただ少なくともここで姦り殺すのは神威の本意でないことは確か。速効性の薬に冒される中、とにかくこの娘を近づけるなと真っ先に阿伏兎へ指示したほどだ。

「だけどその子ずいぶんイヤがってるみたい。神威のところには私が行くから元の積み荷に戻してあげて」
「いやァ積み荷に戻したところでどーせアレがナニしてアレなだけだしィ?」
 しかしはさっさと歩き出した。
「ちょ、おい、お嬢ちゃん、ちょっとちょっと!?」
 面白がって道をあける男たちの中を、神威の側へ迷わずひざまずく。
 そして一度だけ阿伏兎を振り仰ぎ、念を押すかのようにほほえんだ。
「おいおいおい…」

 人の話をちーとも聞かず、人の苦労も都合もおかまいなしのマイペース。どこかの誰さんと全く同じだ。まさかそこに惹かれあったというわけでもあるまいが。
 たはーと大仰に頭を抱え、不平をたれるならず者どもを結局阿伏兎がまとめて引き上げた。
「そりゃないぜ。これからイイトコだってのに!何考えてんだ」
「うるせーな、俺が聞きてーよ。あの嬢ちゃんも何考えてんだか」

 あの娘もはじめからああではなかった。ここへさらわれてきた当初は何日も何日も部屋に閉じこもり、めそめそお祈りしていた気がしたが。







 人払いを完全に済ませた時には、部屋はふたりきりになっていた。もう動かない女の上で神威はまだ腰を振り続けている。
「神威、もうその子は使えないのよ、神威」
 根気よく何度もささやきかけると神威の動きもゆるやかに。やがて止まるとあっけないほどあっさり女を放り出した。
 言いつけを聞かずに来たを、神威は怒ってはいなかった。ぎらついた目に湛えられるのはいまだ治まらない情欲だけだ。
 ゆっくりと顔を上げた神威は牙を剥き唇をつり上げた。
「…へぇ?次はお前が相手してくれるの?死にたいってのは本気だったん…」
 だ。
 と言い終えたかどうかの刹那だ。音も衝撃もは感じなかった。その目も何も見なかった。頭に留めた帽子がはずれ、はずみでひっつめ髪がほどけた。
 気がついた時には床へ倒され、腹の上に神威がまたがっている。

 その一瞬でには喰われる獲物の気持ちが身にしみた。
 鋭い牙をもって猛獣が迫る。
 ぼたぼたとよだれが顔に落ちる。
 はーっ、はーっ、と獣臭い息を吐きながら、神威がの喉笛に爪をかけた。

 だが、そこまでだった。


 それを引き裂く寸前に、神威の動きはぴたりと止まった。
 荒い呼吸だけが無人のサルーンに響き続ける。
 はーはー。はーはー。
 見上げたが静かに笑った。
「うれしい。私は、そこの女たちとは違うのね?」
「…お前は近づけるなって、阿伏兎には言っといたはずだけど」
「知らない。何も聞いてない」
 阿伏兎が聞けばいきりたっただろう。

 不思議にたった一度だけそうして行き来させた言葉が、わずかな重石、錨となって神威をかろうじてつなぎ止めた。常とは違い重たげに、神威はゆっくりからどいた。
「なんで来たの」
 ぞっとするほど低い声だった。声帯にいたる全身を硬く強ばらせていなければ、いまにもふたたび飛びかかりそうなのだ。

 身を起こしたは怖れるでもなく神威の鼻先へ顔を寄せた。ほどけた髪が頬へ落ちかかる。その顔はずっとほほえんだまま。神威の日頃浮かべているのとよく似た笑みだった。
「神威は私とするべきだと思ったの。だって私が好きなんでしょう?」
「…ああ、そう言ったね」
「あれは嘘?」
「嘘じゃない」
 だからこそ彼女に触れるわけにいかない。
「これが見えない?お前もこうなっちゃうよ」

 夜兎の交尾に耐えられるのは同族だけだ。ましてや薬で不自然に昂進させられているとあっては。
「私も?どうして?」
「だから、それが俺たちの…」
「夜兎の、本能?」
「わかってるなら…」
 つかみどころのない応えがもどかしい。ざわざわと胸が苛立った。ふたたび体が意志のくびきを離れて勝手なことをはじめる。
 の腕へ手が伸びた。
 しかしその手が、もろい細腕に食い込む前に、の冷たい声がした。
「私を好きって言ったくせに」

 声と同じに冷えた目がじっと神威を見つめている。
 薬で朦朧とした頭にも届く強い目の光だった。

「私を好きって言ったくせに、たかが本能に逆らえないの?」


 神威の目がすぅっと細まった。その一瞬は欲望も忘れたほど。
 戦いを好み血を好み、強さを求める。
 そして女に種をつける。
 それが夜兎の本能というもの。
 それらはどれも同胞を掟以上に縛る鎖だ。血と肉を求める種の本能に逆らえる者は誰もいない。無論神威も。
 血の求めるところに従ってきた。それをこの女は。





     の星ではすべての人間がとある唯一神を信仰していた。死後の安泰を約束してくれる、素朴で、しかし厳しい神だ。
     日々の生活は神の名の下に、部外者には理不尽とも思える細かな戒律に縛られていた。
     もこれまでの人生をずっとそうして生きてきた。
     辺境の星に逃亡した組織の裏切り者を追い、神威たちがやってくるまでは。

     追いつめられた逃亡者は腹立ちまぎれの道連れにの村を襲った。
     どういうわけか、瀕死のは神威の目に留まりこの艦へさらわれ治療を施された。

     けれどの戒律は医療というもの、人為的な治療を固く信徒に禁じていた。
     特に「輸血」は造物主である神の領域を穢すものとして最大の禁忌とされる行為だった。

     やがて見知らぬ艦で目覚めた時。
     己の意志で傷つけることを禁じられた肉体に「針」が刺され、自分の体に流れ込むものが「他人の血」だと知った時の、
     生理を越えた嫌悪感。
     そして絶望。
     その「血」はが生きている限り、背徳の消せない証拠として彼女の体にめぐり続ける。自殺も無論重罪だ。
     は神に背いたまま生き、地獄の約束された死を迎えなければいけない。

「私から神様を奪っておいて、なのに自分は本能ごときにぬくぬく従うつもりなの?」
 拠って立つ足場を奪われた信者の目が恨みがましく神威を見ていた。





 股間の猛りは冷めやらない。こうして言葉を交わす間も赤く筋の浮いた太い肉竿は腹に付きそうに反り返り、上着の裾を持ち上げている。
 今すぐこの女のまたぐらに、これをねじ込み、精を注ぎたい。そうしろと「血」は彼に命じる。

 その手がついにを掴んだ。
 傍らに転がる裸体のひとつは腕があり得ない方向へ曲がっていた。力のコントロールを失い、掴んだ拍子に折ってしまった。

 だがの腕は折れなかった。
 逆にぎりぎりと歯を食いしばり、神威の総身はわなないている。力いっぱい力を抜く為に。
 を握り潰さない為に、潰す千倍の力を込めていた。

 教師か、それより乳母のように、が神威の頭を撫でた。
「よくできました」
「やめてくれる…」
 そんな刺激を与えられたら。

「じゃあ次はキス。そっとしてね。恥ずかしいけど私初めてなの」
 そこに転がる女の唇は右半分が食いちぎられていた。


 おこりのように細かく震えながら、神威の顔が徐々に近づく。はーっ、はーっ、絶え間ない呼吸。熱にうかされ、目はかすんでいる。
「つらかったらもういいのよ?神威は本能に従って」
 の冷笑と、突き放す囁き。
「私のこともあんな風に、ぼろぼろに壊してしまえばいいのよ?」

 神威は何も答えない。脂汗を浮かせ目を血走らせ、真っ白な肌を今は朱に染めて、けれどその目は今では不敵に笑っていた。
 生意気なことにこの女は、自分の値を釣り上げようとしている。おこがましくも、夜兎の本能と自分を秤にかけろという。

 そして神威を試そうという。
 彼女が失った神に代わるものとして神威がふさわしいかどうか。
「…面白いね」
 それが戦いなら神威は受けて立つ。


 ぎこちなく顔を傾けた。潰さないようを抱き寄せる。たとえば地面を掘る巨大な重機で、生まれたばかりの猫の子を起こさないよう抱くような。
 かはーっとひときわ大きく息を吐いた。開きっぱなしになった口から涎がだらだら滴るにまかせた。
 噛みつきたい食いつきたい食いちぎりたいと、荒れ狂う衝動を神威は死に物狂いで抑えた。


 そして力一杯力をこめて力を入れずに口づける。
 唇がの唇にふれた。
 女のそこの甘さと柔らかさを生まれて初めて味わったような、そう思ったと同時だった。

「あ…っ、あ…、あっ…、あああ…」
 指でつまめそうに濃厚な精がの黒衣にほとばしった。スカートの窪みに白濁が溜まりすぐあふれた。ぼとぼと、ぼとぼと、神威はまだ止まらない。
 はーっはーっはーっはーっ、肩を上下させればそのタイミングでどくどくこぼれた。
 火照った頬がぴたりと冷やされ、の両手にはさまれたのだと気づいた瞬間に次を放った。
「はーっ、はーっ、はーっ…はー……」
 どれほど注いで注ぎまくってもまるで満足しなかったそれから、溜め込んだものが残らず抜けていく。

 やがて中身は空になった。
 もうがらんどうだ。
 なにもない。


 神威の汁はの服を胸から裾までべっとりと濡らし、ふたりの座る床へしたたり大きな粘液溜まりを作った。
 服を撫でた後のねとつく手で、は神威の頭を抱いた。
「好き」
 その顔が本当にほころぶのは初めて。
「私も今からあなたを好きになるよ」


 ぎゅうっと神威が抱き返しても、もうその腕にを壊す力はなかった。









リクエストありがとうございました!
山野様から「神威夢がもう一度読みたいです!」でした。
もも、もう一度がこんな中2っぽい話で申し訳ありませんです…。