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楽しい楽しい銀さんの誕生パーチーが終わり、新八神楽はを残して志村邸へと帰っていった。「夜の部」はふたりきりでどうぞということだ。気の利くお子様達だった。
後片付けもそこそこに、宴の余韻が今も残る事務所をあとにし、隣の部屋へ。
和室へ敷かれた布団の上ではかれこれ2時間も。
説教されていた。こんこんと。
「なァ、銀さん間違ったこと言ってっか?あんな訳のわかんねぇ本鵜呑みにして、万が一体でも壊したらどーすんの?ぇえ?」
「ご…っ、ご、ごめ…んっ、ごめ…うううっ…」
もう何度目かも数えきれない、反省の弁はとても形にはならなかった。
横隔膜が痙攣するほどしゃくりあげても銀さんはを許そうとはしない。せっかく企画してくれたパーティを台無しにだけはしないよう、神楽と新八の居る間は銀さんも話を棚に上げていたのだ。それほどまでに本気の説教だ。
布団へを正座させ、その前にじっくりあぐらをかき、いつもと違う険しくした目をぴたりと据えて離そうとしない。
怒られるのも当たり前。のしでかしたことも良くない。銀さんの誕生プレゼントにと、遠くの星で作られた薬効の強い健康食品を2ヶ月に渡り食べ続け、は自分の身体をお菓子に作り変えてしまったのだ。
流れる血液は甘いシロップに。骨はキャンディ、肉はプリン。
暴挙といえばあまりな暴挙だ。「プレゼントはわ・た・し」にもほどがある。
「だって…っ、だっ…、ぎん、ちゃんの、ためにっ…。銀ちゃんの、為に、こんな、バカなことまで、できるのっ…、だけだから…っ」
「なにそれ」
銀さんはさらに鋭く目を細めた。
「なに、競争なの?おめーは誰かと競争してんの?銀さんがどんだけ好きかってのは、ヒトと競争しなきゃいけねーことなの?」
「ひっ………!」
言われた瞬間、は痛いほど青ざめた。
それは薄々自分でも感じながら、あえて「ないこと」にしていた部分。銀ちゃんの為ならここまでやれる。は他の女どもとは違う。動機の中に、恋敵への敵愾心が少しもなかったとは言えない。
だとしたら、そんなものプレゼントでもなんでもない。
よりによってそれを本人に見透かされてしまっていたなんて。
ひぅぅぅぅぅぅっと喉をしぼりあげる音がした。
とうとうは顔を覆ってしまった。涸れるほど流したはずの涙が、赤く腫れた目からとめどなくあふれる。ひぃぃぃん、ひぃぃぃぃん、と止まらない声は、聞く者の胸を引っ掻くような哀切さを滲ませていた。
当事者の銀さんはというと、変わらず冷たい眼の裏側で
「あの涙も舐めたら甘いのかねぇ?」
とかなんとかのんきに思っていたわけだが。
これはあくまで「説教」、「お小言」。感情にまかせて罵るなんてのは下の下のすることだ。もちろん怒りも心配もしているが、それ以上にの為を思えばこそ、イヤな顔をされてまでこうして叱っているだけで。
なので頭では冷静に、引き際を見計らっている。銀さんに叱られるのがこの世で一番怖いのこと、萎縮したままにさせないよう、ここからのなだめ方が難しいのだ。
「けど。ま、おめーの気持ちは嬉しいよ」
声のトーンを和らげてやると、敏感に察したが顔を上げた。捨てられまいと必死にすがる小動物の目をしていた。そう懸命になられると銀さんも哀れを催してしまう。まるで自分がを虐めて酷い仕打ちを与えたようで、今すぐ抱いて謝りたくなる。
上目遣いに不安いっぱいに怯えた顔が訊ねるのも、本当は可愛くて仕方なかった。
「…銀ちゃん、もう、プレゼント、いらない?」
「あァ?」
「だ、だって…」
ただ聞き返しただけなのか、それとも鎮まりかけた怒りにふたたび火がついてしまったのか。どちらともとれる銀さんの声に、の声は尻つぼみに消えていった。
「だって、銀ちゃん、これ、喜んでくれると思ったんだよ…」
「なに、そんなに銀さんに食われたいのお前」
言葉もなしにうなだれて、「うん」という返事もできずにいる。しょーがねぇなと銀さんは苦笑を浮かべた。
もちろん内心大笑いだ。あーあ、こいつは本当〜にバカだね。わざわざ自分を安く売るような真似をして。
甘いお菓子の身体をしたなんて二度とはお目にかかれない貴重品。後生だから食わしてくださいませと必殺のDOGEZAでお願いしたいのはむしろ銀さんの方なのに。
そんな胸のうちはおくびにも出さず、あくまでのわがままに根負けしたという格好で、銀さんはに顔を寄せた。前髪を残らずかきあげると、それだけで甘い香りがした。
あらわになった額に口づける。
我慢しきれずぺろりと舐めれば、それ以上しかめっつらを装うことが難しくなってしまうほどの、極上な甘味が舌の上へひろがった。練乳、いちご、砂糖、あんこ…銀さんの好きな甘いものを、ひとくちで残らず味わえる不思議なデザートの味がした。
「ほら、いつまでもめそめそ泣いてんじゃねーの。今日は銀さんのお祝いなんだろ?湿っぽいなァ勘弁してくれよ」
な?ともういちど額に口をつけた。がっつかないよう、がっついていることを悟られないよう細心の注意を払いつつ。単なる慰めの表現に見えていればいいが、どうだろう。
期待にはずむ胸をひた隠し、銀さんはまだしっとりとの頬を濡らしている涙を舐めとってみた。
「………どんな味?」
やっと泣きやんだかと思えば、とたんに赤い目を輝かせ、興味津々のが可笑しい。
「甘しょっぺぇ」
「涙なのに?甘いの?おかしーね」
泣きぬれた顔が笑み崩れた。くしゃくしゃになった鼻面に銀さんが笑いながらキスすると、もくすくす照れくさそうにもっと笑った。
頬を撫で、指先ですくい、それからぴたりと口をつけ、銀さんは涙を残らずぬぐった。
ふと思いついて唇を重ねる。
舌を差し入れると、思った通り唾液はストレートに甘い。塩気のきいた涙と交互に味わえば、それぞれを単品で舐めた時よりずっとずっと深い甘みが増した。
「ふむ、うまいよ」
の目を見て真面目な顔で、発見したことを教えてやる。
「あれだな、ぜんざいにも塩昆布添えるもんな」
「甘みがひきしまるんだよね」
「そうそう」
さすがにも甘味処の経営者らしく、生真面目にふむふむうなずいて、少しも笑ったりしなかった。ヘンなふたり。
その頃には引きつっていたの胸も、つっかえなくともひとつの言葉をしゃべれるまでには治っていた。
「銀ちゃんもう怒ってない?怒ってない?」
の方から銀さんの首へ腕を巻きつけ抱きついてくる。答える代わりに腰を抱いて返すと、は体をさらにすり寄せて、たわわな胸を胸でつぶした。
そろそろ頃合いだ。
銀さんは今からを真剣に味わうことにした。
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