ぴぴぴ、ぴぴぴ、びびび、ぴぴぴ…
午前2時。うるさい親とバカ兄貴もようやく眠ってくれた頃。布団の中に抱いて隠した目覚まし時計が、ひっそり小声で彼女を起こした。
ほんとは眠い目をこすりながら、チャイナなパジャマを着た女の子はむっくりベッドに起き上がり、こっそり部屋を抜け出した。足元で寝ていたペットの犬がやっぱり眠たげにこちらを見るのを、いっぽん指を立てだまらせた。
「しーっ。静かにするネ、さだはる」
昼間はちっとも気にならないのに、ちょっとした物音も大きく響くような気がする。きしきし軋む階段を呪いながら、女の子は誰もいない真っ暗なリビングへしのびこんだ。
電気を点けようかどうしようか、迷ったあげく点けずに手探り。万が一パピーか兄ちゃんがトイレに起きてきた時に、部屋の灯りを見咎められてしまってはいけない。
まったく!
子供部屋にもテレビがあれば、こんな危険を冒すこともないのに。
やっとリビングのソファにたどりつき、テレビのスイッチを入れた。
間に合った!ちょうどオープニング。
ぱっと明るくなった画面に、映っているのはなにやらいかがわしいホテルの一室。
ふかふかのソファにふんぞりかえり、メイン司会の銀さんがアシスタントのちゃんを隣にはべらかしていた。
「うーす、見てるか悪い子のみんな〜。父ちゃんと母ちゃん起こさねぇように、テレビのボリュームは下げとけよ〜。
イヤホンはやめとけイヤホンは。背後の気配がわかんなくなる。どーしてもってならせめて片耳だけは空けとけ」
白髪に天パ、死んだ魚の目。うずまき柄の白い着物は片袖抜いてぐだぐだに着崩して。
けれど時々きらりと光る目が意外に人気のみんなの銀さんが、カメラに向かってタイトルをコールした。
「それじゃー『よろめき銀魂さん』 今週もはじめまーす」
流れるテーマソングに乗せて、そこだけ妙にかしこまったがスポンサーの名前を読み上げていく。
「この番組は、『家康書房』、『グランキャバレー・ビッグシャトー』、『セント・エンジェルグループ』の提供でお送りいたしま…ちょっ?銀ちゃんっ!?
やめっ!ちょっとやめてっ!なにすんのっ?!やあぁぁぁっ?!」
さっそく銀さんの手持ちカメラがのスカートの内側を執拗にのぞきこもうとしていた。
打ち合わせにない動きらしくて、は必死に裾をひっぱりカメラを追っ払っている。アシスタントといいながら、よーするに司会の銀さんのおもちゃ。胸とお尻の今にも見えそうな布地の少ないワンピースを着せられ、今度は胸の谷間の間にぐりぐりねじこんでこようとするカメラに早くもは涙目だった。
本気で嫌がる彼女のリアクションが男性視聴者には好評で、秘かに番組を支えているとかいないとか。
「ふおー!始まった!今週は絶対最後まで見るアル!」
リビングの女の子は手に汗にぎり、わくわく瞳を輝かせていた。これで明日はみんなの話題にキャッチアップネ。
毎週火曜日深夜2時05分より放送中のこの番組。
その名も「よろめき銀魂さん」は、地上波の限界に挑戦するお色気でこどもたちに大人気の深夜番組なのだ!
「さて今週はー、セントエンジェルパレス・702号室からお送りしていまーす」
番組は毎週、スポンサーであるラブホテルの一室から放送される。まずは今夜の舞台となる部屋をがきゃっきゃとご案内。
「わー!ぜんぜんラブホっぽくないせいけつかんのあるお部屋です!ここなら初めてでも安心ですね。プライベートでも来てみたいでーす」
そしてカメラと音声さんを引きつれゴージャスなドアノブを握る。
「こちらのドアの向こうには、趣向の違うベッドルームがもうひとつあるそうなんですよー。いったいどんなお部屋かな?」
じゃーん!と擬音を口にしながらはしゃいで扉を開けてみて、けれどもかちーんとは固まった。
白く清潔でシンプルなメインの寝室とはうって変わって、開けた扉の向こう側には黒を基調に整えられた禍々しい世界が広がっていた。
中央にはべッドの代わりに石造りの巨大な祭壇が置かれ、ちょうど手足を磔にできるよう、四隅に手枷足枷が備えられている。
壁面にはずらりと飾られたナイフや鞭。責め道具もまさによりどりみどり…。
「…………」
はぱたんとドアを閉めると編集ポイントを作った。
「わー!ぜんぜんラブホっぽくないせいけつかんのあるお部屋ですねー!」
きれいな方の寝室には慌てて逃げかえり、ベッドの上にあぐらをかいた銀さんの膝にちょこんとおさまった。
「なに」
「なんでもない!」
あんな部屋の存在が知れたらで実演されてしまう。これはそーいう番組なのだ。
「そ、それでは最初のコーナーは、銀ちゃんのお悩み相談室でーす!」
何十枚もの紙の束からが一枚を選び出すのを、テレビの前では女の子がどきどきしながら見つめていた。番組ホームページから彼女も毎週メールを送っている。ハンドルネームは考えに考えて「カグーラ=ジャスアント三世」
「はぁい。今週もたくさんお悩みいただきましたよう。今夜はハンドルネーム『妙ちゃんは僕の嫁』さんからのお悩みです」
ちっ、と「カグーラ」ちゃんは舌打ちをした。残念ながら今週はボツだった。メール・ファックスが採用されると記念にもらえる特製ステッカーは、彼女の学校ではステータスシンボル。通学鞄に一枚貼れば一躍クラスのヒーローなのに!
が甘ったるい声で「妙ちゃんは僕の嫁」さんからのお悩みメールを読み上げ始めた。
「銀さんさんこんばんわ」
「「こんばんわー」」
「きいてください。実は僕には恥ずかしいところにほくろがあります。
このままでは初体験のときに笑われるのではないかと心配です。整形したほうがいいでしょうか」
「え?なに、この子女の子?なのに『僕』って?あいたたた!」
「それは関係ないでしょー?それにもしかしたらそーいうのがすごーくよく似合う隻眼の美少女剣士かもしれないじゃーん」
「なんだそれ。まあいいけど」
うおっほん。銀さんがまじめくさった咳払いをひとつ。
「えー、『妙ちゃんは僕の嫁』さん。それではお答えいたします。
ずばり整形なんか要りません。自分しか知らないほくろとか、そんなもん見つけたら男はむしろ燃えます」
「ふーん、そうなの?」
「そーとも。だいたい恥ずかしいトコってどのあたりよ。そのへんちゃんと書いてこいっつの」
ここらへんかぁ?と銀さんは、の足首をむんずとつかみ、がばーっと足を広げさせた。こーいうセクハラも毎週のお約束。
「ぎゃぁぁぁぁっ!やめてーっ!やめてーっ!」
「おー、イイ景色。放送できないのが残念です」
「きゃーっ!きゃーっ!きゃーっ!」
両足を肩によいしょと担ぐと、銀さんはぺろりと親指を舐めて、その指での「どこか」をぽちっと押した。カメラワークの関係で、「どこか」ははっきりとは映らない。
けれどもそれは見たところ、足のつけねの限りなく中心。はとたんにふにゃっとおとなしくなってしまった。
「やぁぁぁぁ…。銀ちゃんそこぉぉ…、やぁぁぁ…」
ぽち、ぽち、ぐに、ぐにと銀さんがどうやら、そこを規則正しく押し続けている。
「ちなみににはほくろはありませーん。お前知ってた?」
「知らないよぅ、そんなとこぉ…」
「ほくろじゃなくて、ここがさぁ…」
ぽちっ。
「やああんっ!」
びくん!と腰が浮き上がった。が、銀さんはしれっとそこで手を止めた。
「あら残念ここでCMです」
「CMのあとは銀さんのオススメDVD!チャンネルはそのまま!」
CM明けのはなんだかぐったり疲れきっていた。はあはあ熱いため息をついて、銀さんにしなだれかかっている。手渡されたカンペもまるで棒読みだ。「次はぁ今週のぉ、新作紹介でーす…」ふう。
その腰をしっかり抱き寄せて、太ももをぐりぐりまさぐりながら、何食わぬ顔で司会進行する銀さんだった。
「え〜このコーナーは銀さんのー、オススメAVを厳選してご紹介。
素材をそのまま流してしまうと放送コードに確実に触れるので、いつものよーに画面を見ながらちゃんに実況してもらいまーす。
ちゃんよろしくぅ」
カットはぱっと切り替わり、モニターを見つめるの顔に。すでにぽーっと上気して目はうろうろと泳いでいる。カンペを読む声は語尾もあやしく、いよいよ頼りなくなっていた。
「はぁい。今週の新作はぁ、『DOKI×DOKIナース 25』でーす。銀ちゃんの好きな、ナースものですねぇ。
なんともう25作目。大人気シリーズでぇ、えーとぉ…今回はぁ…」
ところがはいきなり口ごもり縮こまってしまった。真っ赤になったのほっぺたをぶくぶくと銀さんがつついてやる。
「ほらぁ?なに?画面どうなってんの?なんか言わねーと放送事故になんだろぉ?」
「えっと…、き、禁断の…、女の園、その…」
「はー?聞こえねーよ!プロなら発声!」
「禁断の園で女の子同士がめくるめく官能のせかいをくりひろげますー!!」
叫んだ。
「えっと、その…ちょうど今、新人ナースが更衣室で、せんぱいに、え、えっちなことをされています…」
「なになに、もっと具体的に」
「だ、抱き合って、じゃなくて、壁におさえつけられて、ちゅうして、それから、おっぱいを揉まれています…うわ…すご、あんな…」
背後からぴったり重なって、銀さんもの胸を揉みはじめた。
「どれどれ、こーいう感じ?」
「…じゃなくて、もっと、激しいかんじでぇ…」
「こう?」
指をぐにっとくいこませる勢いで言われた通りに揉みしだくと、たるんと形の良い胸が衣装からこぼれそうになる。
「んっ、うん…そ…あっ、あ、すごい…あっ、し、シーンが変わって、今度は女医さんが、登場しました…。
女の子が三人です…ん、なにあれ。棒のついたぱんつ?あ、違うベルトだ。あっ、あんなの挿れちゃった、うわっ?わわ…?あああっ…」
ごくん。
違う理由でが黙ってしまったので、コーナーは代わりに銀さんがしめた。
「この続きはDVDをお買い求めくださーい」
「さあ今週もお別れの時間となりました。ラストはおなじみプレゼントのコーナー!」
おおっ!と暗がりのリビングから、女の子が身を乗り出した。プレゼントが欲しいわけではない。誓って。
「今週のプレゼントはこちら!商品名『ブラック・ロック・シューター』 強力モーターと静音性を兼ね備えた新製品なんですねー」
画面の中の銀さんがどーんと掲げたのは大人のおもちゃ。黒いゴム製の卑猥な形が元気にうねうねのたくっている。
「では今日も、使い心地をちゃんに教えてもらいましょう!」
そう、ここからの数分がこの番組のクライマックス。新製品のモニターと称し、おもちゃを毎回の身体で試してみせるのだ。
へらへら笑うと銀さんはカメラに向かって手を振った。
「あぁもちろん、視聴者の皆さんへのプレゼントには新品を用意しますのでご心配なく」
使用済みのおもちゃは後でスタッフがおいしくいただきます。
触れ込みどおり音はごくわずか。ぶー…んと蚊の飛ぶような音がマイクにひろわれるだけだ。
うねるだけでなく細かく振動する玩具が、の服の上を這った。よつんばいにさせられたの背中へ、そして脇腹へ、そっと押しつけられていく。
尻のラインをつーっと伝い、生の足を膝裏まで下りてから、こんどは内腿を這い上がる。ミニスカートのすその中、やわらかく開いた足の間へ侵入を果たした黒いおもちゃは、それでもまだ、そっと素肌に触れているだけだ。それなのに。
ふるるっと腰から背筋を震わせ、くんっとはのけぞった。眉が切なげに歪み、噛みしめた唇から吐息が漏れる。まるでその部分をこすりつけるようにゆらゆら腰が揺れてしまっている。
「あっ…、あ、だ、だめっ、だめっ」
ん?と耳を寄せてやると、のうわずった声が銀さんの耳元で恥ずかしそうに喘いだ。
「はぁ…、あっん、あぁっ、もう…、、もう…」
「えーもう?早くね?お前先週も番組終了までもたなかったよね?」
「だって、だってぇ…」
「あーあ。イクの?イっちまう?」
そのくせは力いっぱい首を振った。
「やだぁ、こんなので、イっちゃいたくないよぅ…」
「ふぅぅぅん?じゃ、どうしたいの銀さんに言ってみ?ナニでイキたいって?」
「…んちゃんのぉ…」
「ほーらみんなにも聞こえるように」
「銀ちゃんのぉ、ほんもののぉ…」
カメラはの半開きにされた口をアップで捉えた。とろとろに濡れて輝く唇、その奥でもつれ震える舌が、銀さんに媚びるように動く。
「やああっ…お願い…銀ちゃんのぉ…」
「なんてモノ見てんの神楽ちゃんんんんんんっ!?」
「ギャアァァァァっ!パビー?!いつの間にっ!?」
血相変えて飛び込んできたお父さんが、リビングの電気を残らず光らせた。
どたーん!ばたーん!ぴかーっ!
PTAの皆さんからの抗議殺到にもかかわらず、「よろめき銀魂さん」は絶賛放送中です。