「万事屋銀ちゃん」の看板が完全に見えなくなってしまっても、ふたりは示し合わせたようにひと言も口をきかなかった。
 これから人通りの増えてくる近所の夜道を無言の行軍。はぐれないよう銀時はの手をしっかり引いていたが、手首のぐりぐりしているあたりを加減もなしに強く握りしめ、それは「お手々をつなぐ」と言うより「逃がさず連行」にしか見えない。歩く速さも自分のペースで、は何度もつんのめっては力まかせに引き起こされていた。
 居もしない追っ手をまく為に、なぜか銀時も必死だったのだ。
 角をふたつもみっつも曲がって目抜き通りの人波に紛れ、それでも足りず急に足を速め、ビルとビルとの隙間へ飛び込んだ。


 狭っ苦しい路地の奥には通りの明かりもほとんど差さない。銀時はをじめじめと湿った壁へ押さえつけた。背中を汚して悪いと思ったのは口をふさいだその後だ。
 そばで室外機にうなられながら、逃げ場も自由も奪ったの唇を好きに貪った。こじあけた口から舌をすくいとり、思いきりしゃぶりついてやった。
「んっく…、んっ、ん…っ…」
 けれどもまた無我夢中。短い指が懸命に這って銀時の腰をつかまえる。爪先立ちでその爪も地面から浮きそうにされているのに、少しも嫌ではなさそうだった。自分も銀時の唇を、舐めて、甘く噛み、ついばんで返す。
 何度か視界がちらついたのは、道を通り過ぎる誰かの影だ。もしや何人かは銀時達に気づいていたかもしれないが、ここらあたりではよくあること。目くじらたてる者はない。

 唾液でふやけた唇を最後にひと舐め味わって、ようやく人心地がついた。名残惜しげに銀時が顔を上げる。の潤んだ瞳のまわりにしつこくちゅっちゅと口づけていると、初めてせつない声が聞こえた。
「ご、ごめんね銀ちゃん、…」
「いい、いい、いいから。なんも言うな」
 言われなくてもわかってる。恥ずかしながら自分も同じだから。
 お互い完全に「そのつもり」で、意識が「そちら」へスイッチしていたのだ。あれは向こうも間が悪い。銀時だって大人だから、そうでもなければは後回しに、快く客をお迎えしたとも。
「…だよね」
 あれ?
 口に出ていたか?と首をかしげたが、会話はちゃんと噛み合っている。
だって、いつもだったら皆が来たってちゃんとおもてなしできるのよ」
「うん」
 それもわかってる。
 ヤキモチ焼きのわがまま娘がいつもは言うに言えない色々をこらえて笑っているのを知ってる。ものわかりの良いふりをするのも銀時の顔を潰さない為。銀時を大事に思ってくれる故だ。
 けれど今、なりふり構わず飛び出てきたのもやはり銀時を求めてやまないせい。
 後ろめたさと欲情がないまぜになった目がいじらしくて、胸に熱いものがせりあがる。
「今からお前んち…はダメか」
 はこくりと首を振った。
 そうだ。帰りが遅くなれば、捜しにこないとも限らない。の部屋は隠れ家にはならない。
 とっさにそんな悪知恵がまわるとは頼もしいことだ。

「…ん?」
 ふと見るとは銀時の評価を不本意そうに頬をふくらせている。

 言われなくともわかるのは、どうやらも同じらしい。








 おかげさまでここはかぶき町。選り好みさえしなければ、こんなふたりをこっそりとかくまってくれる部屋はいくらでもある。ほんの5分も歩かずに、銀時とは「お泊り・ご休憩」と料金の書かれた看板だけがぽつんと浮かび上がる門をくぐった。
 無人のように見せかけた帳場で鍵を受け取り部屋へ。入るなり待ちきれずに抱き合った。

 着物の擦れるかすかな音と、喉の奥から漏れる甘い息。他には意味をなさない鼻声が「くふん、くぅん」と慎みない。
 今度はからうんと背伸びをして首へしがみつき唇を合わせた。
 それを軽々持ち上げると、銀時が振り子のように揺らして履いていた下駄を振り落としてやる。自分はブーツのおでこを踏んで、やはり足だけで脱ぎ捨てた。
 二重になった扉を蹴飛ばし、続く寝室へなだれこむ。
 安い作りの連れ込み宿はそれにふさわしく調度も下品。くるんと重石を振り回すようにを上にして倒れた寝床は、デザインだけはおふらんす調で、そのくせマットはとんでもなく硬い、いんちきゴージャスベッドだった。


 ベッドがきぃきぃうるさく軋む。だがその耳を引っ掻く異音はふたりには聞こえないらしい。こみあがる衝動に流されるまま互いにぎゅーっと強く抱きしめ合い、広さだけはあるベッドの上をみしみしごろごろ転がった。
 何度か上下が入れ替わり、銀時の身体が下になった時だ。抱きしめる腕をするりとかわしてはよじよじとあとずさった。
「ぅお?おっ?おっ…?」
 でんと投げ出された足の間でが四つんばいになっていた。驚く銀時とにっこり目を合わせ、それから視線を下へ戻すととても嬉しそうに着物をめくった。
 いつもの渦巻き柄をよけるとその下にやはりいつもの黒いズボン。家にいた時からさんざ焦らされて、外からそうと見てわかるくらい突っ張っている股間を撫でた。
 布地の上へあてた手のひらをがまぁるく丸く動かし、ねちこく円を描いてみせる。時には包み、時に強く握る。下着の中で膨れていくそれが大好きでたまらないという顔だった。

 物欲しげな目が銀時を見つめ、訊いてほしそうにしていたもので、答えを知りつつ訊いてやった。
「じかにさわりてえの?」
 返ってきたのはなまめかしい息。いつのまにこんな色っぽいのを自然と吐けるようになったのやら。



 大人しく全身の力を抜いて銀時は仰向けに身体を沈めた。あえて天井を見たままいても股間をまさぐられる感触はわかる。ズボンと下着をいちいち一枚ずつ。もたもたずりおろそうとするのを腰を浮かせて手伝ってやった。
 涼しくなった股のあたりへなめらかなものが触れた。きっとの指だ。
 左右から優しく包まれて、やがて先端が「濡れる」感覚。
 ちゅろっと音がした。
 に吸われている。
「うぉ…っふ…」
 しまりない声がうっかり漏れる。油断した。そういう手順とわかっていたのに腰を這う快感に抗えなかった。

 伸ばせば手は届いたのだろうが黒髪を撫でてやることはせず、足だけではなく両方の手もベッドの上へ投げ出した。なにもかもにおまかせしてみる。
 はしたない水音をさせながらは勃起した中心を熱心に慰め続けている。奥まで飲み込み、吐き出し、また飲み込み、頭ごと上下させた後は、肉棒にからんだ自分のよだれをぺろぺろとすべて舐めとった。
 はちきれそうな性器を見ればよがっているのは筒抜けなのだ。銀時も息を殺そうとはしない。のしてくれる愛撫に身をゆだね、荒い呼吸が分厚い胸を上下させるのをそのままにした。素直な反応がを悦ばすと、もちろんわかった上のことだ。
「はぁ…、はぁっ…、あっ、はぁっ、はっ、はぁっ、はあっ…」
 ぷはっ…!?

 ところが急に握りしめられ、とっさに身体が恐怖にすくんだ。


「んあっ?なっ、ちょ、おめ…」
 「無茶をするな」と抗議しかけたら、のしのし這いずりあがってきたに唇をふさがれた。
 腰をまたがれ「そうか」と察する。さっさと済ませて戻らなければ、家に客達を待たせているのだった。
 もっと遊びたいが仕方ない。

 すると両頬を突然挟まれ強引に正面を向かされた。に睨まれこれもすぐ察する。なるほどコトの最中に、女を含んだ集団なんぞに気をとられたのは悪かった。
 理解したことがにも通じて、ふくれっつらで頬を撫でられる。「ぜったいだよ!」という目で見るから真面目くさってうなずいてみせた。わかったわかった。だけ見てるから。



 天を向き勃ちあがった先端に、は自ら貫かれに来た。銀時を飲み込み、根元まで受け入れ、眉根を寄せて噛みしめる。
 ぺたんと銀時の下腹部へぴったり腰を下ろしたところで、引き結ばれていた唇がようやく緩み、声を漏らした。
「ふぁっ…」
 白い喉がうんと反り返り、そしてがっくり前へ倒れた。汗ばんだ顔にかぶさった黒髪が表情を覆い隠した。銀時に見えたのはうっすらと半開きの唇だけだ。
 その口がひかえめによがりながら、どういうわけか笑い出した。
「はっ…あ、あはっ、あはっ、あはは…」
「?」
 下からぐいと突き上げて訊く。

 そういえばここまでがほぼ無言だったと今さら気づいた。
 不自由ないのでわからなかった。

「だって、銀ちゃんそわそわしちゃって、おかしなことばっか言ってんだもん。おもいだしたら、おかしくて…」
「う…」
 きまり悪そうに口ごもる銀時へ、はにやにやと追い討ちをかける。
「ぜったいバレてるよ、みんな気づいてるよ、いまごろどっかにしけこんでるって、みんなにひそひそされてるよ」
「つーかおめーはくわえこんだらすっかり余裕こいちまってもぉ」
 くいくいと腰を突いて指摘する。そのたびは身震いをした。
「い、いいの。今はいいの。みんなのこと言っても、別にいいの」
「なんだそりゃ」

 銀時もしかし苦笑はしながら、その矛盾を深くは追及しない。銀時にこうして愛されていることがには大変な自慢なのだ。本当は今ここで抱き合っているのも教えて回りたいくらい。
 なら、せいぜい気持ちよくさせてやろう。
「あーあ、そんじゃあ今頃言われてら。道端でヤってんじゃないの?つって、想像たくましくされてるわ」
 思った通りの目が笑う。誰もが自分を羨んでいると信じて疑いもしていない。
「う、うふっ、うふふっ、ざぁんねん、『ぶぶー』」
 「ぶぶー」はクイズに不正解の音。
「ちゃあんとホテルでしてるもんね〜?」
「おめー案外こういうトコ好きな?なんで?大声出せるから?」
「お、大声なんか、出さないも…ああんっ!」
 様式と化した意地悪だ。言った端から鳴かせてやった。
「やっ!ま、待っ、ああんっ!銀ちゃんっ!ちが、待っ…!あっ、あんっ!やんっ!」
「ほーらそうやってあんあん言うトコ絶対想像されてるよ?処女と童貞のおかずになってんよ、どう思う?」
「んっ、んんんっ…!」
「あれ?今ぎゅぅってなったんだけど。えらく締まったけど。なに?興奮した?おかずにされてうれしいの?」
「ちが、ちが…」
 だが現に銀時はちぎられそうだ。肩口へ顔から突っ伏したを頭ごと抱えささやいてやる。
「あーあ。こりゃ帰って会うの気まずいよなァ?九ちゃんにも軽蔑されたかもしんねぇよ?『寄るなけがらわしい!』とか言って?」
「やっ、はぁっ、あんっ、あんっ、ぎ、ぎんちゃ、ああんっ、ん、ん、んっ、んんっ…!」
「へぇ?きもちいい?そんなにいい?ん?そんなにけーべつされてぇの?」
「んっ、んんっ、ち、違…」
 ぶるぶる首を振っても許さない。


 自分を棚に上げて責めるのは、もちろんが望むからだ。
 それが証拠にとろとろと繋がった場所は蜜にまみれ、はだけて露わな太ももはぷつぷつ鳥肌立っている。
ちゃん最低ぇ〜。お客さんが居るのにぃ〜、あそこ濡らして欲情しちゃってぇ〜。んなコトばっかり考えてんの?おめーの頭ん中それっきゃねーんだ?」
「んっ、うんっ、やだ、やだ、いわ、言わないでぇ…」
「おでこに書いて貼っとくか?『あそこ濡れてます』って貼り紙しとく?そーだみんなに見てもらおうか?」
「やっ、やだぁ、ばかぁ、銀ちゃんのばかっ…。ばかばか、もうっ…」
「なに?もう?キライ?」
「………」
 もちろんうなずくわけがない。
「…好き」

 知ってる。そろそろ言われる頃だと。
 …いや、言ってくれる頃とわかっていた。
「なによまたそれ?おめーも飽きないねぇ」
「あ、あき、ない、もんっ、ん、んん、ふわ、あああああんっ!もぉぉぉっ、だめっ、あっ、ああっ、ああっ、んんっ…」



 しかし銀時は急に動きを止め、にまとわりつく快感を散らした。大事な部分を挿入したまま抜けないように身体を起こして、互いに向き合い座る姿勢をとる。
「待て待てまだだめ」
「は…?」
「せーのでイかね?」
「ふわ…」
 とろんと熱に浮かされながらも訝しんでいたの目がたちまちぱちぱちまばたきをした。言わんとしたのが通じたようだ。

 ほんのたわいない趣向のつもり。お互い思っていることが今日は手に取るようにわかるので、きっとできるような気がしたのだ。
「できるよな?と銀さん仲良しだもんな?」
「う、うん、うんっ」
「わかる?銀さんもうちょっとでイキそうなんだけど」
 中でぴくぴくと痙攣している。が恥ずかしそうに唇を噛んだ。
「わか、わ、わかるぅ…」
「アレどうなってる?」
「あっ、いま、今…、大きくなった…」
「やべ、潰されそう。お前力抜いて」
「む、無理、無理だよう…そ、そんなのぉ…」
 相手の身体を知るために、自分のもっとも敏感な部分に全神経を研ぎ澄ますことになる。それがふたりを嫌でも高ぶらせた。銀時のものはいよいよ張り詰め時折大きく脈打つし、のあそこは迎えた銀時をたえず奥へと飲み込もうとする。
「はあっ、銀ちゃんの、銀ちゃんの、もう…っ」
 髪振り乱すを突き上げる。も「近い」ことはよくわかった。安物のベッドで身体を弾ませ、リズムをつけて腰を振ってやる。

 通路が狭まった。
 下腹が引きつった。
 銀時を呼ぶ声が裏返った。
 漏れる嬌声が細切れになる。
 最後の坂を上りだしたので自分も細かく調整した。
「ああっ、銀、銀ちゃんっ、銀ちゃん、あっ、ああっ、ああっ」
「は…、うん、俺も…。イキそ…、うあ、やべっ…」
「うんっ、も、も、んんっ、いっ、いいっ、あああんっっ!!」

 ぎりぎりまで相手を計ったつもりで、それでも最後の瞬間には、どちらの頭も何もない真っ白。
 自分の意識もどこかへ飛んでいた。







 なぜそうなるのか、いつのまにか。銀時は着物を脱いで真っ裸。の着物も着々と脱がし、素肌に直接シーツを味わわせた。
 ごろりと抱き合い転がるふたり。疲れた身体をぐったり横たえ、どちらも何も言おうとしないが、「さっさと帰る」気配はない。
 手なぐさみに銀時を撫でながら、が眠そうに目を細めた。
「ねーね、もういっかいしちゃおうか」
「ムリムリ銀さんもう勃たねーよ」
「そっかぁ」
「まぁ触るだけは触ってみな」
 汗と粘液で濡れたものへの手首をつかんで導く。やんわり手のひらに包まれれば、勃つまでいかなくとも十分良かった。
 の触れ方も遊び半分、すっかり満足しきったせいかそれまでの鬼気迫る飢餓感はない。

 にやついている銀時にふと気づいて、はやにわにつっかかってきた。
「いま現金っておもったでしょ!」
 ご名答。


 今日はやっぱりなんでもわかる。