大きく振り上げたはずみに、がつん!と右手が床を打った。
「あーあ。バカ、なにやってんの」
 硬い板の間にまともに当たり、指の節が痛々しく赤くなる。その手を取って銀時が、腫れた指にそっと口づけた。
 唇は優しく目も穏やか。けれどもの上からは、どいてくれるつもりはなさそうだ。腰にまたがった両膝をしっかり締めつけられてしまうと、それだけではどうやっても逃げられなくなった。手足を振り回し抵抗しても銀時を喜ばせるだけだ。

「もうヤだぁ、離してっ、今はしない…したくないったらぁ…」
 声は次第に涙まじり。背中が痛い。ごりごりする。
 万事屋銀ちゃん事務所の床。ソファの背中と壁に挟まれたすき間へすっぽり埋もれるように、は銀時に組み敷かれていた。



「今はイヤ、ここじゃイヤ、お前は文句が多いですねぇ。そのうち銀さんじゃイヤだとか言い出すんじゃね?」
「そ、そんなこと言わない、言うわけないでしょ」
 離してくれる気配はないが、かといって銀時がそれほど欲情しているようにも見えない。イヤがるで遊んでいるのがありありだ。
 こう言えばこう返す、の反応などほとんどお見通し。その上で、聞きたい答えを言わせるためにいたぶっているに違いない。
 これもそう。が銀時をイヤだなんて言うわけがないのに。
「銀さんイヤ?」
「い、イヤじゃないよう…」
「好き?」
 両手で肩を押さえつけられた。真っ直ぐに見下ろす目から目が逸らせない。が黙ってうなずくと、にやついた顔がゆっくりおりてきた。


 ぴたりと、初めは触れただけ。控えめなキスが落とされる。だがすぐ舌と唇がの唇をこじ開けた。顔をそむけても追いかけてきて、舌をからめとり甘く噛んだ。薄く開いた唇はびしょ濡れになるまでしゃぶりつくされた。
 わざと大きな音をさせ、ぶちゅっと唇が離れる。それからあごへ、首筋へ吸いつき、点々と薄い跡を残した。
「イヤ?」
 は答えない。ふてくされて黙ったその態度と、胸の中だけで不平を訴えた。

 イヤに決まってる。
 今何時だと思ってんだろう。つい今しがた朝食を食べたばかりの午前中だ。
 ここをどこだと思ってんだろう。誰がいつ入ってくるかもわからない、事務所の、それも床に直接だ。

 せめて時間が深夜だったら、せめて和室の布団の中なら、だっていうことをきかなくもないのに。明るいうちから抱き合うのも、床に押し倒されるのも、今さら怒ったりしないのに。


 やがて銀時の舌は首筋を上から順に舐めつくし、浮いた鎖骨にたどり着いた。次に蹂躙する肌を求めて両手がぐいぐいと襟元を広げた。
「ヤっ…もうっ、やだ、やだぁっ…」
 懸命に身をよじらせるけれど、おかげで着物は上手にはだけた。自分がいかにも嘘くさい抵抗をしているようで、少なくとも銀時にはそう思われてしまいそうで、かえっては恥ずかしくなった。
「ぷぷっ、かわいーの」
 しゅんと縮こまる。
「ホントかわいーな」
 は消え入りそうになる。

 下から持ち上げるように、両手でたぷんと胸を揉まれた。やわらかく肉をほぐすように、それでいながら銀時の指先はこっそり頂点を探しあて引っかいた。
 分厚い木綿の着物ごしにもほんのり在り処がわかるほど、内側で凝るふたつの突起。両方をしつこくくすぐられていると、だんだんおかしな気分になった。
 決して逃がしてもらえない以外は、銀時の手はとても優しい。すっかり拗ねたふくれっつらでそっぽを向いたの頬は、少しずつ赤く染まっていった。
「なにがヤなんだって?」
 耳元で訊かれ、甘えて答える。甘えるようにその声がを誘っていたから。
「だって…」
 赤い頬がぷくっとふくらんだ。
「ここ、ヤだ。…誰が来るか、わかんないじゃん…」

「来たら困る?」
「困るよう、見られちゃう」
「なにを」
「これ…」
 にやにや首をかしげただけで言葉を引き取ってくれないので、仕方なくが続きを言った。もごもごと口ごもりながら。
「いやらしーこと、してるの見られちゃうでしょ…」
「やらしい?ああ、こーいうこと?」
「ひゃわっ?!」

 だしぬけに後へ体をひねると銀時はの着物をまくりあげた。明るい午前の日の下に、白くぽってり太い足が、付け根ぎりぎりまでさらされた。突然むき出しにされた足は驚いて硬く閉じあわされた。
「や、やだ、もうっ!もぉぉっ!見えちゃう、見えちゃうっ」
「あ〜確かにこれ玄関入ったら真正面だよなァ、入るなりばっちりだわ、確かに」
「銀ちゃんっ!」
「新八が見たら気絶すんぞ刺激が強すぎて」
「バカぁっ!」
「も少しサービスしてやろっか、ほら」
 つんと内腿をつつかれる。足を開けと促す合図だ。だがそんな言いつけきけるわけがない。たとえ今は誰も居なくても、足の先には扉があるのだ。ごく当たり前の常識が、意外に固く心に枷を科している。の足は閉じたまま強ばった。

「あ、そう。いいけど?開きたくなるよーにしちまうもんねー」
 へらっと笑い銀時が、覆いを剥いだ生の乳房に顔を埋めた。硬く勃起した桜色の先端を、舌でころがし、何度も噛んだ。飽きることなくそこだけを責めた。
「やっ、あっ、ああんっ、ちょ、銀ちゃんっ、やめてっ、やめてっ」
 ぞくぞくと背筋は震えどおしだ。それから胸はもやもやしどおし。ぴりぴりと身体に電流を流す口づけに、やがて身体は砂糖のようにとろりぐずぐずと溶けてくる。
「も、いやぁ、いや、いやぁ…」
「なにがイヤ?銀さんがイヤ?」
 夢にうなされる時のように、我を忘れては首を振った。
「ほら、
 銀時はふたたび背後へ手を伸ばし、いつまでもぐずるの太ももをそろっと撫でた。

 その時にはもう、かたくなに閉じていた両足から、力は抜けてしまっていた。





 いつの間にか、の広げた足の間に銀時は場所を移していた。いつでもを貫けるまでに硬く膨張した自分自身を、片手につまみ、ささえている。
 着物はそのまま、ベルトを外し下穿きをずらしてそこだけを露出させた格好が、ひどく下品だとは思った。他に用はないと露骨に言われているようで。
、もっと」
 いや、それよりも、もっと下品ではしたないのは自分の方か。
 言われるままに足を開き、言われもしないのに膝まで立ててみせている。「どうぞご覧ください」とでも言うように。

「ああ、これで銀さんにもよーく見えるわ。のあそこどうなってるかよーくわかる」
 にやり満足げに銀時が歯を見せた。そしてつまんだ性器の先端での中心を撫であげた。蒸されたようにほかほかと温まった大切な場所を、そこをいじるのに最も適したものがいじる。互いの分泌する粘液を棒の先っぽがかき回し、ぴちゃぴちゃ水音をさせて遊んだ。
「あーあ。誰かに見てもらいてーなァ?のこここーんなやらしくなってるって」
 銀時の揶揄も届いているのかどうなのか、少し緊張した面持ちのからは、はぁはぁと荒い息だけが漏れていた。表面が混ざり合うだけでは足りなくて、もどかしそうに腰は浮いている。それを見て笑う銀時も、額にわずかな汗を浮かせていた。

 ほぐれて開いた入り口に、張りつめた頭部があてがわれる。くびれまでがひと息に挿入されると、根元が埋まるのもほんの一瞬だ。
 ぐるん、と身体が裏返しにされてしまうような、その瞬間はいつでも不思議な感覚に襲われる。
「ほーら、入った…ぁ」



「は…っ、銀…ちゃん、やっ…やだぁ…銀ちゃんいやぁ…」
「どう?これ、誰かに見てもらおうか?誰がいい?」
 ぎしぎし、みしみし、銀時の動きにあわせて安普請の床板が鳴った。いやいやとが首を振るのも、その出し挿れと全く同じタイミングだった。
「へへ、すげぇ締まる。そーか見てほしいんだ?そーいうの好き?」
 違う違う違う。ぱさぱさと髪を床に叩きつけた。好きじゃない。

 好きじゃない。
 けど。たぶん、もうダメ。
 好きじゃないけど、はもうへーきだ。

「いや…」
「なにがイヤ?床の上はイヤ?朝っぱらはイヤ?」
 がむなしく首を振った。その時初めて両手が空いていることに気づき、手のひらで顔を覆い隠した。
 はイヤ。もうこれ以上。

…、もう、やらしくなるのやだぁ…」


 朝も早いのに、床の上なのに、誰かに見られるかもしれないのに。銀時に抱かれて結局気持ちよくなる自分がイヤ。言われるままにどんな格好も今なら平気でできるに違いない、そんな自分がどうしてもイヤ。
 最初にしていた抵抗は紛れもなく本気だったのに。絶対に信じてもらえない。

「なればいいじゃん。やらしくなれば」
「や…っやぁ…、なりたくないよう」
「銀さんのお願いでも?」
「お願いじゃないもん…」

 うううと唇をとがらせたの愛らしい顔に、銀時もこみあがる笑いをこらえきれなかった。
 かろうじて余裕の表情は崩さず済んだが口元はしまりなくゆるんでいるし、体はもっと正直に、を奥まで味わいたがって止まらない。小柄な身体を抱きすくめる腕も、加減を忘れてを壊してしまいそうだった。
「そーだな、お願いじゃねぇなこれ」

 菓子のようにもちもちと柔らかな耳たぶを、口に含んでしゃぶりつくした。
 空気ではなく、その声は、肌を震わせてに届いた。
「命令だ」



 くうっ、と二人の喉の奥から、同時に奇妙なうめき声がした。銀時の声に竦みあがったと、そのに締め上げられた銀時の、かすれて苦しげな悲鳴だった。
 足をからませ腰を突き上げ、の抗議も今ではうわごとめいていた。
「ずるい、銀ちゃん、ずるいっ、もうっ…、あっん…あっ、あっ…」
「ほら、もっと、やらしくなって。恥ずかしーとこ、銀さんに見せてみ」
「うっ、うん…、うん、ん…はぁ…っ」
「朝っぱらからお前はどこでヤられてんの?」

 答えると胸がどきどきした。
「銀ちゃんのじむしょ…」
「おしごとするとこ…」
 言うたび身体がひくひくと、銀時のものを絞り上げた。
「うわぁ、すげ、銀さん締め殺されそ…」

 銀時の首にしがみつき、はぎゅうっと顔を伏せた。
「おめー早過ぎ」
 笑い混じりの声に言われる。伏せて隠したの顔はその陰できまずくむくれていた。いきそーになってるのがもうバレてる。

 でも、望みどおりに速まった銀時の動きにも合わせて、下から腰をすり寄せた。繋がった場所から身体中に駆け抜ける快感、それ以外は頭に無くなった。イヤらしくても我慢がきかなくても、この人がいいならもうどうでもいい。
 銀時を逃がさないように、よだれを垂らして深いキスをした。
 頭の中が真っ白くなる。
 見たければ、誰でもそこで見ていればいいのだと思った。









 とろりまどろんでいたはずが、浅い眠りからは引き戻された。肩に肘、体の中の硬い部分が床とぶつかりまたしても痛い。ふと気がつけば、を抱いて布団になってくれていた銀時の身体が消えていた。
 着物を身体にまとわりつかせて物憂く起き上がってみると、玄関先で銀時は扉越しに誰かと揉めている。ほーらいわんこっちゃない。誰か来ちゃった。お客さん?誰?
 今にも開けられそうな引き戸に両手両足を踏ん張って阻止。には聞かせたくないのか、向こうへ怒鳴る銀時の声は小さく押し殺されている。
「ばっ、バッカてめぇ新八ぃ!昼過ぎまで帰ってくんなっつっただろーがボケっ!」


 なにか変だなと、しばしぽんやりその意味を考える。やがて頭が回りだすにつれ、可笑しくて仕方がなくなった。
「見てもらうんじゃなかったの」

 着物を抱きしめくすくす笑い、は冷たい床の上にもう一度ごろんと横たわった。