夜も更けて、眠るにしても眠らないにしても、いつも通りなら寝る時間。
 けれど銀時はテレビの前にあぐらをかいて、のくるまる布団の中へは一向に入ってこようとしない。それに表情もいつになく神妙。手の中ではなにかをいじくっている。

「なあに?今からなんかするの?電気消さないほうがいい?」
「いや、消していいよ、ちょっとビデオ見るだけ。お前先寝てな」
「ビデオ?」
 はおもいきり眉をひそめた。こんな夜更けにを寝かせてこっそり見るものといえば。頭ごなしに怒りだすほど潔癖なつもりはないけれど。
「やだぁ、そーいうのは自分の家で隠れて見なさいよ。シュミ悪い」
「おま、何考えてんの?違うんだって」
 銀時はほら、と手を上げた。その手の内にあったのは、家庭用のビデオカメラだった。小型軽量、片手にちょうどおさまるサイズ。ご家族の思い出を残しましょう、なんて謳い文句で売られているような。
 そしてカメラの底面に小さく切られた蓋の中から、銀時は薄いチップをつまみだした。小指の爪ほどの一枚に高画質モードの映像を数十時間も録画できる、目下最も普及している「まいくろSDカード」という。

「な、知ってた?最近のカメラってテープに録画するんじゃねーのな。こーんなちっちゃいカードなのな。うちのテレビじゃ見れねんだよこれ」
「バカね、ビデオとテレビを線で直接つないで見るのよ」
「バカとはなんだコラ知ってるわそんくらい。線はあるけどテレビの方に挿れる穴がねえの」
「どんだけ古いテレビ見てんの?」
 そういえば万事屋事務所のテレビはいまだに4:3のブラウン管。電源を入れて絵が出るまでに確か5分ほどかかる。

 それで最近買い換えたこの家のテレビを使いたいらしい。の言うところの「テレビと直接つなぐ線」を、銀時はいそいそカメラに繋いだ。が頼んだ番組のダビングはいつになってもしてくれないくせに、自分の気の向くことだとこれだ。


「…そ。まぁいいよ好きにすれば。なるべく音は小さくしてよね。もう遅いからご近所迷惑しないでね。はもう寝るから!」
 見せつけるように背中を向けて、は頭まで布団をかぶった。
「おやすみなさい」
「おう、おやすみぃ」
 銀時が腰を浮かせて電気を消した。窓から射しこむネオンはあれど、それでも部屋は一瞬ふつりと暗がりに落ちる。
 しかしすぐまた薄青い明かりがぼわんとあたりを照らしだした。哀しいほどに狭いこの部屋では、テレビの発する光りだけでも本くらい読めてしまいそうだった。





 やがて布団にこもったにも、きれぎれな音が聞こえてきた。言った通りに音量を下げてくれたのか、もともと録音状態が悪いのか、聞こえるような聞こえないような、中途半端さがむずがゆい。ついつい耳を傾けてしまう。
 『……の?』
 『くくっ…』
 ひそやかに男女が笑い合っていた。
 たったそれだけ。それなのに、意味深に漂う濃厚な空気がぬるぬるとにまとわりついた。なにが「違う」んだか。案の定、その手のいかがわしいビデオだ。

 なんのことはない。つまりはに卑猥な映像を見せたいがためのお膳立てじゃないか。音を聞かせてむらむらさせてどーせ最後はをおいしくいただくつもりだ。にやにや自分を観察している銀時が、には目に見えるようだった。
 残念でした。だってアダルトDVDくらい見たことあるもの。あんなの銀ちゃんのすることに比べたらちっともいやらしくなんかなかった。そんなもので欲情したりしません。そうそう思い通りにはならないから。


 ところが聞こえてくる音声は、それまで見たことのあるものとは少し毛色が違っていた。
 棒読みのドラマ風演技でもないし、わざとらしいインタビューとも違う。音質は妙にざらついて、集音マイクは常にじじじ…と余計な雑音を拾っている。そもそも家庭用ビデオに収まっていたということは、誰かのプライベートな記録なんだろうか。
 布団の中で首をかしげる。いったいこれを銀ちゃんはどんなルートから。
 (…って!)
 はたっ!とは我に返った。いつのまにやら耳を澄ましてしまっていた。いかんいかん!まんまと銀ちゃんに乗せられてるじゃん!!

 気を取り直してぎゅっと目を閉じる。
 だが逆効果。目を閉じ視覚を遮断したぶん、意識は耳に集中した。
 かすれた喘ぎが聞こえてしまう。男の声はささやくようで、際立つのは女の子の声ばかり。それも次第に大きく高く。
 嗜みも慎みも消えて失せるほど、中の彼女はあっという間に気持ちよくされてしまっていた。

 『ふぁ…ん…』
 『…っあ、ああんっ、やぁぁっ…だめぇ…』
 『やぁん…だめ…だめぇ…』
 『いやぁ…ん』
 やけにこどもじみた、耳に引っかかる声だった。媚びて甘えていて気持ち悪い。幼稚なくせに艶めかしくて、繰り返される拒絶の「だめ」は完全に男を誘っている。
 不本意ながら、も予想外のシロモノに緊張を抑えきれなかった。傍らの銀時に聞こえないよう、用心しながら熱い息を吐いた。


 声が小刻みな悲鳴に変わる。
『あっ、あっ、あっ、あっ!』
 ぱんぱん!肌のぶつかる音も。深く、素早く腰を叩きつけ、強引に高められているのだ。
 にもそうして激しく抱かれた覚えがあった。刻みつけられた快感が、身体に生々しく甦る。鈍痛が下腹部にしこり、両足をきつく閉じ合わせた。
 次第に裏返っていく声をいつしかは期待たっぷり聞いていた。演技とは違う、彼女の絶頂を楽しみに待った。

 ところがもうあとわずかのところで、悲鳴は唐突に途切れた。我を忘れて彼女は乞う。不服と不審もまじえた音色で。
 『やぁ、やめちゃやだぁもっとぉ…』
 『………って?…に?言って…』
 男がなにかを促すと、長くためらう間が空いた。彼女の答えを聞くより早く、には次の言葉がわかった。
 同じだ。これまで銀ちゃんに言われても半信半疑でいたけれど、本当にこんなやり方で他の人たちもするらしい。
 気持ちよくするだけしておいて、寸前でとりあげてしまうのだ。頭をおかしくしておいてから、必ず言わせるものなのだ。
 『…して……』
 『なに?』
 『…のあそこっ、もっと、もっとおちんちんでかきまわして…っ』


 ぶわーっと頭に上った血での顔は真っ赤にふくれあがった。たまらずぎゅむっと枕に伏せた。銀時にどう見えているか、気を回す余裕はその時なかった。
 『っ?ああんっ!?やっ、やだぁ、やだっ!それ、んんっ!』
 あんなに恥ずかしいことまで言わされ、それなのに彼女はまだ報われない。苦しい息の下を縫うように、約束が違うと抵抗している。手足のばたつく物音がして、彼女の声は哀れさを増した。
 『やだぁっ!んもうっ、これ、この格好きらいだよう…』
 『…だろ?…ん?』
 あいかわらず男の声はよく聞こえない。
 …が。

 映像は見ていないはずなのに、不思議とには情景が見えた。きっと彼女はとても苦手な姿勢にされてしまっているのだ。
 たぶん。後から…。
 『いやぁ…もぉぉ…うしろ、うしろきらいぃ…』
 …ほら。
 『おねが…ああっ、おねがい…っ、やめてぇ…」

 『銀ちゃぁぁん…』
「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉっ?!!」

 の跳ね上げた掛け布団が、高く高ーく宙を舞った。





「いっ、いいいい、い、いつの間にっ、いつの間にそんなの撮ってたのっ?!」
 全身で食ってかかるに、いけしゃあしゃあと銀時はうそぶく。
「あ、これ?どーも録画ボタン押したまま置きっぱなしになってたみたいよ。いや、銀さんも今見てみるまでこんなもんが撮れてるなんて知らなかったわ」
「嘘つけぇぇぇぇっ!この男の舌今すぐ抜いてぇぇぇ閻魔さまぁぁぁっ!」
「ちょ、しーっ。しーって。もう遅いから。ご近所迷惑」
「やかましぃわ!」
 わざとらしく声はひそめていても銀時の目は笑っている。お椀を伏せたようなアールを描いて。
「すぐ止めてっ!止めてっ!止めてっ!止めなさぁぁぁぁいっ!」
「へへへへ?まあまあそう言わず。よく撮れてんじゃん一緒に見よ、ほら」
 ビデオを持つ手に飛びついたを、銀時はなんなくかわして抱き上げ、自分のひざに座らせてしまった。逃がさないよう後から抱きしめ、腕とそれからあごも使ってテレビの正面に顔を固定させた。

 でも本当は、固定する必要なんてなかった。
 画面が目に入った瞬間、は動けなくなっていたのだ。



 映っていたのはこの部屋だった。構図からとっさに考える。カメラの位置は鏡台の上だ。布団全体…つまりもつれあう二人の身体がちょうど画面におさまるように、あらかじめ調整されていたらしい。
 その中で今、は四つんばいにさせられていた。それもカメラに顔を向けて。ああ、思い出した。先週の夜だ。この時はも不思議に思ったのだった。どうしてこんなおかしな方向を向かせるんだろうと。
 銀時は深目にうつむいて、あるいはに覆いかぶさり、自分は巧妙にカメラから逃げていた。ずるい。
 『おら、どんな顔してんの?よーく見して』
 髪が荒々しく掴まれ、くい、と乱暴に引っ張られる。
 テレビには、とろんと快楽に溺れきった女の顔が映しだされた。

 息の止まってしまったを汗ばんだ腕が抱きすくめる。
「どんな気分?」


 バカじゃないのっ!と。この変態っ!と。
 大声で罵ってやりたかったのに、口を開けば中のにも負けない声が出てしまいそうで、は結局何を言うこともできなかった。
 『なーに言ってんの。キライキライって、すーぐ気持ちよくなるくせに』
 自分の声は他人のようなのに、銀時の声はが知るのと同じに聞こえるのはなぜだろう。

「もう止めてぇ…」
「ああ、もう止まるわ」
 手元にあったリモコンで少しだけボリュームが上げられた。中のは今度こそ絶頂を迎える間際。耳を塞ぎたくなる嬌声が否応なしにを侵した。
 『ああっ!銀ちゃん、銀ちゃん、銀ちゃん…っ!』
 『あっ、あ、ああっ、…っ、いっちゃう…っ、んんっ!』
 『いっちゃうっ…っ!』
 眉は苦しげに寄せられていても、引き攣れた髪の、甘美な痛みに、実は感じていることを見ているは知っている。
 喉を逸らせて中のは達した。口の端からよだれをたらし、薄笑いする自分の顔などには見ていられなかった。





 がぴくりとも動かなくなると、銀時はすぐにビデオを止めた。その後自分が果てたシーンは見せないつもりだ。やっぱりずるい。
 音も絵もなく、青くなった画面が寒々しい。暗くも静かでもないはずの夜が、しんとしずまる錯覚がした。

 けれどもの息は荒い。どきどきどきどき、胸は苦しく、目は霞む。恥ずかしさで腰が抜けた気分だ。銀時の手が裾を割ってきても黙ってなすがままにされていた。
「濡れてる」
「……………………変態っ」
 やっと言えた。
 しかし銀時は悪びれるでなく
「はいはいヘンタイの銀さんですよぉ」
 しのびこんだ指がを探った。よく温まり、濡れたその場所にたどり着くと、嬉しそうにつぷっと中へ埋まった。ぞくりと腰へ震えが走る。のけぞるを焦らすように、指はすぐに抜けて周囲を撫でた。痛いほど張りつめた敏感な芯も、濡れた指の腹で優しくこすった。
「自分の声でこんなになんの?くくっ、やっぱすげぇ。お前すごいね」

「いんらんなちゃんはこれで終われますかぁ?」
 からかう声には竦んだ。きゅっと唇をかみしめた。大切な場所を這い回る指に、気もそぞろになっていたけれど、それを言わされたくはなかった。
「終われない?」
 銀時の声にただうなずく。
「こっちのも、銀さんにぶちこまれたくなった?」
 大きく深くうなずいた。

 うなずくだけでいいように、訊ねてくれる優しい声音には嬉しくなってしまった。
 だから、だからだ。もその分お返しがしたくて、次も迷わずうなずいた。
「ハメ撮ってもいい?」
 こくん。





 貫く勢いは腰が浮くほど。浅く遊ばれ、深く犯される。初めはぴちゃぴちゃ可愛らしかった水音も、そのうち低く粘り気を増し、画面にはきっと白く泡立って映っているはず。
 銀時はやや伏し目がちに、手元に構えたカメラのモニターを凝視している。
 身体を重ねている時に、目が合わないのがは嫌い。背後からされるのが苦手なのもそのせい。でも今は。
 潤んだ眼差しはを見ていた。間違いなく。
 きゅんと子宮が縮み上がった。

「それ…どうするの?」
「どうしてほしい?」
「…おかずにして」
「…バーカ、女の子がなんてこというの」

 言われなくても抜くっつーの。声を落として続いた言葉に、ぽーっと頭がとろけてゆく。
 この後銀時にもう一度、これを見られてしまうのだ。ぱっくり大きく広げられ、銀時をくわえこむその場所を。猛った肉を刺して、抜いて、好きなだけかきまわされる様を。
 これに比べればさっきの隠し撮りなんてお上品なラブシーンも同然だ。

「何考えてんの」
 銀時の浮かべた表情は、苦痛のかなり勝った苦笑。は知らぬ間に銀時をぎゅうぎゅう締めつけていた。
 はーっ、ふーっ、と、一生懸命に息を逃がす。全力を注いで「力を抜いた」。気を抜けばすぐにのあそこは銀時を絞りつくしてしまう。



 ところがふいに銀時は、手にしたカメラを置いてしまった。



「も…いいの?」
「ん…」
 繋がったまま、の上にべったり身体を倒し、銀時は興のそげたような、同時にどこか照れたような、形容しがたい声を出した。
「なんか…、あれだ。もったいねぇし」
「ん…?」

 せっかくを抱いているのに、狭いモニター越しの視界はビデオを使って自慰している気にさせられてしまう。
 それに顔から首、胸、腰のくびれを越えて尻へ、丸みを帯びたふくよかな肢体が、唯一無二な曲線をせっかく描いているというのに、それを無粋な四角い枠でこま切れにしてしまうなんて。

 もったいねぇ。耳たぶにかぷりと噛みついて、それ自体がまるで愛撫のように、銀時はそうささやいた。
 ひとつささやかれるたびに、は身をよじり震わせる。かりかり、かりかり、分厚い背中へ回した指は、爪の出し方をまだ知らない仔猫のように銀時を撫ぜた。

 深い谷底へ、とどめにを突き落としたのは独白めいた銀時の言葉だ。

「やっぱ違うわ。全然違う…」


「生身のおめーがいちばんイイや」