またたくネオンの海の底。そぞろ歩く遊び人たちの中に、鼻歌まじりの銀時がいた。
世間はようやく夕食を終えた頃。不夜城かぶき町でなくとも寝るにはまだまだ早い時間だ。
そう思って家を出てきたわけだが、どこへ行くとも何をしに行くとも言わないのに、子供達にはじっとり呆れた目で見られた。『鍵はかけときますからね』『フン、ただれた生活マンキツしてんじゃねーぞカスが』なんなんだ。
爛れたもなにもの家へ行くだけじゃねーか。
ふとさしかかったコンビニで手みやげでも買うかと足を止める。
銀時にしては殊勝なその心掛けが神サマの目に留まったんだろうか。
本人にばったり出くわした。
「あっ!銀ちゃーん!」
こざっぱりした浴衣に着替え、小さな手提げひとつを持った。袋の中はおそらく着替えと手ぬぐいだ。
「おう。風呂の帰り?」
「うん」
「お前んち行くとこ」
「じゃ、いいとこで会えたね!」
風呂上がりのほてった頬が弛んだ。
揺れる髪からは、初めてかぐはちみつの香り。近頃はシャンプーの新規開拓にハマっていて、次から次に新商品を試しているのだ。髪質に合わなかったものは万事屋へ回される。この前くれたのは「ツバキ」だったか。
しっとりとまだ湿り気を残すその髪を銀時は撫でてやった。
「こら、こんなんじゃ風邪ひくだろーが。おめぇちゃんと百まであったまったか?」
「子供あつかいしないでちょうだい」
言ってくれる。
「ははっ、それはそれは失礼しました〜」
ふくれっつらをしたを、思わずせせら笑ってしまった。
ならばと腰を抱き寄せて、思うさま尻を撫でまくってやる。
ヒヒジジイ風の声色を使い
「どれどれ、この奥もきれーにしてあるか?」
「ばか!」
「いでっ!」
そしたら下駄の歯で蹴られた。意外に癖の悪い娘だった。
「なんか買っていく?アイスいらない?」
だが蹴り一発ではあっさり話題を変えた。
煌々とロゴを浮き上がらせるコンビニを指して言われたが、少し考えて銀時は首を振った。ついいましがた自分こそ入ろうとしていた店なのに、の顔を見たとたん現金にも、さっさと帰りたくなったのだ。
「銀ちゃんも着替えちゃいなよー。ちょっと早いけどお布団敷いてごろごろしよっ」
の声もどこかうきうき弾み、語尾には「はあと」か「音符」でもつきそう。下駄を後ろへ蹴飛ばすように勢いよく脱いで部屋へあがると、一目散に押し入れを開け中の布団へ飛びついた。
ブーツの銀時が上がりがまちで脱ぐのに手間取っているうちに、布団を出して、寝間着を出して。
どさーっ!ぼふん!
働く姿は確かに「てきぱき」しているのに、むしろ「ちょこまか」と言うのが似合ってこみあがる笑いをこらえきれない。早送りのアニメでも見ているような。
「銀ちゃんお風呂は?」
「昼間イヤってほど入ってきた」
「?」
「ぶらぶらしてたら社長に会ってよぉ、サウナおごってくれるっつーから。アイツほんっとしょっちゅうこっち帰ってきてやがんのな!」
タダで遊べてビールも飲んで、子供たちへの土産まで買わせて銀時もすっかりご機嫌だった。
「あぁ、そんでか」
土産を置くなりすぐまた出てきた。ケツの落ち着かない男だと、子供たちの冷たい視線はそのせいか。
敷かれた布団の真ん中に銀時は転がりテレビをつけた。なんとはなしの習慣で。
風呂道具を一式片づけて、もよつんばいに這ってくる。
が、布団は銀時が占領していての入れる場所がない。
「ちょっと、どいてどいて」
ぐいと端っこへ押し退けられるが、負けじと銀時は真ん中へ居座った。
がまた押す。が、嫌がらせのようにむしろ大の字に手足を広げた。
「うぬぬぬぬ」
壁と銀時に挟まれた10数センチの苦しいすき間へ、やっとのことでは身体をねじ込んだ。
「さぁ、も本読もーっと」
枕元の一冊をぱらぱらと。それを銀時が背中からのぞきこむ。
「うわ!でっかい字!なにこれ絵本?なんっだこりゃ?!」
「もー!じゃましないで!読んでるの!」
無視して本を抱え込むに、銀時はぴたりと身体を添わせた。下半身をわざとらしく密着させると、顔を見なくてもわかるほど、がほっぺたをふくらせる。
「…えっち」
「なーにがぁ〜?」
ぐりぐりと腰をすり寄せて、していることはつまり、股間を誇示。
「いいよもうっ!」
が諦めて本を放り出した。儚くも短い読書の時間だった。
それを待ち構えていたように、銀時がを抱きすくめる。
けれども嫌がってはいない。嫌がるどころかその指は、拘束具のような銀時の腕に触れた。肘から手首へそっと伝い、たどりついた手の甲、そして指を撫でる。
「銀ちゃんの手ってやーらかいよねぇ」
…銀時の顔が曇ったのはなぜだか。
「は?誰とくらべて言ってんの。おめーが他のどんな男の手ぇ知ってるっつーの」
「なぁに?妬いてるの?」
「べぇぇつにぃぃぃ?」
はうっとり目を細め、気持ちよさそうに指をからませている。その動きはやけに意味深で、声も眠たげに甘かった。
「はお店でお釣りを渡すでしょう?大工さんの手はねぇ、もーっと硬いの。お侍さんの手は鍛えられてるし、汗でべったべたの人もいるよ」
「銀ちゃんはあんなに強いのに、手はこーんなにかわいいのねー」
かわいいかわいい、口ずさみながら指の腹をさする。乾いた肌がさらさら触れ合った。
「カワイイとか男に言うんじゃありません」
「んー…」
中指が一本つままれて、先っぽがちゅぷっと舐められた。舌が細かく指の上を這う。
まるで違うものにするようだった。
「…悪ふざけしてっと銀さん知らねーから」
「どーなるんですかぁ先生?」
腕の中からが逃げ出し、のそのそよじのぼってきた。下敷きにした銀時へ、ちゅっと今度は口づける。
「うふ。くちびるもやーらかいね」
ぺろぺろ唇を舐める舌に、あごを浮かせ銀時も応えてやった。
ぴたりと合わされた口の中で、ねっとりと舌が絡み合う。交わされた唾液を飲み込むと、互いに満足して離れた。体内と同じに生温かい透明な細い糸が引いた。
「…さっきから気になってんだけど」
「なあに?」
「お前今日はずいぶん人懐っこいんじゃね」
「そ?」
「ひょっとして欲情してんの?」
「やーね。すーぐそーいうの言わせようとするんだから」
「どーなんだって訊いてんの」
「そんなの聞いてどうするの」
「そーだな。正直に言やぁ、ご褒美にの要望を容れてやらねーでもないな」
「なにそれぇ?」
くすくす笑い声は転がるようでも、の瞳はもう蕩けそうだ。
銀時の視線は不覚にも釘付けにされた。たった今自分が舐めてつやつやに濡らしてやった唇。ぺろりとがそれを舐めるのを、違うのに蛇の舌のようだと思った。
そのくせほころぶ表情には少しも翳りというものがない。
「今日はね、朝からずーっと、銀ちゃんにぎゅーってしたかったの。お仕事してても銀ちゃんのことばっかり考えてたのよ。なんでかな」
「…へぇ?」
「だからね、さっき会えて、もうね、うれしくて、その時から…」
ふふっとは照れくさそうに、口をつぐんでしまった。
ぷくぷくとしたその頬を、つついて続きを促してやる。何も言わずにじっと待っていると、はぺたりと顔を突っ伏した。胸板でもごもごくぐもる声。
「…ほんとは、すごくしたかった」
「ね、正直に言ったよ。ご褒美ちょーだい」
そしてまた、はころりと無邪気に戻った顔を上げた。
「なに」
「のようぼういれてくれるんでしょ。ね、銀ちゃんと、ゆっくりあそぶ」
「ふうん?まぁいいや。好きなよーにしてみな」
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