神楽は友達宅で行なわれる「お泊まり会」に出かけて行った。動物大好きな親御さんらしく、ちゃっかり定春まで一緒だ。
 そういうことで、夜も更けた「万事屋銀ちゃん」に顔をつき合わせているのはたったふたり。
 と、それから銀時と。
 けれどせっかくふたりきりの夜に、漂うのは甘やかな空気…ではなく、なぜか緊張感だった。お風呂へ浸かっているあたりから、の五感の警戒レベルが天井知らずに上がっている。
 だって銀ちゃんがとても楽しそう。
 つまりは何か、やらかす気だ。


 思った通りが上がると、一足先に風呂を出ていた銀時がソファで一杯飲っている。
「やーっと上がったか。髪の毛ちゃんと拭けよ風邪引くぞ?」
 目のふちはすっかり真っ赤っ赤。
 でもそれはいい。
 銀時の座る目の前の、ふだんは食卓としても使われる応接机には、いかにも「あって当たり前」という顔で、たとえば醤油さしやふりかけのよーな顔をして、
 リアルな男性器をかたどった、怪しい玩具が置かれていた。



 は無言でおもちゃをふんづかみ、窓から思いきり放り捨てた。ネオンの海に飲み込まれていく名作バイブ「らぶ・くりすたる」
「のぉぉぉぉぉぉぉっ!何してくれんだコルァァ!」
 血相変えた銀時が猛スピードで部屋を飛び出した。ほとんど転げ落ちるように玄関から階段を駆け下りて、道へ落ちるおもちゃを先回り。見事キャッチして戻ってきた。
 その間3秒。なんて馬鹿げた早業だろう。
「うわあ〜すご〜い、さすが銀ちゃ〜…いてっ!」
 うつろな顔で拍手していたら、息を切らせた銀時にはたかれた。
「夜中に大人のからくりオモチャが窓から飛び出てきたなんてなァ!ご近所に知れたら外聞悪いわこのやろー!」
「外聞悪いことしてるからじゃない」
「口答えしない!そこ座れっ!」

 返事も待たず、は和室へ引きずり込まれてしまった。ひとつだけ敷いた布団のそばへ差し向かいに正座をさせられて、その様はまるで武道の師弟のよう。
 そして銀時はもったいつけて、の瞳をのぞきこんだ。
「いっぺんとっくり話し合おうじゃねーか」
 すぐさまはその目を逸らしてしまったけれども。
「…話し合うって。とっくりって」
 大人のおもちゃのことをか。
「そうとも腹割って話そうじゃねーの。いや、割るのは股でもいいけどもっ」
「最低」


「いやいや言うな言うなわかってるわかってる。おめーはバイブもローターもイマイチ気に入らねんだよなっ?」
 と銀時は懐から何か取り出した。
 今にもくっつきそうに近い銀時との膝頭。ふたりの座るその隙間へ、新たなグッズが叩きつけられる。
「?」

 おおまかに言えば似たようなモノだ。20センチを少しばかりはみだす棒状の性的なおもちゃ。シリコン樹脂製の本体に、持ち手が伸びた「ばいぶれーたー」だ。
 ただし色は可愛くくりあーぴんく。形も男性器からは遠く、棒の先端は長い耳のついたうさぎさんの頭になっていた。

 銀時もあの手この手とよくも考える。色と形での心理的抵抗をなるべく軽減させる作戦なのだ。
「ほらほらどーよこれならどーよ。おめーの好きなうさちゃんだよ」
「うさちゃん」
「おっ?キョーミある?これなら遊んでみたくなったんじゃね?」
 が食いついたと見て目が光った。銀時はしめしめとおもちゃを手に取り、現物を使って説明をはじめた。

 うさぎの耳は飾りではない。手元のスイッチを動かすと、低いモーターの駆動音とともに2本の耳は震えだした。右と左がどちらもくねくね、しかしばらばらな動きを始める。
 別のスイッチで左右の耳はぱかっと大きくV字に広がり、さらにもうひとつのスイッチを押すとうさぎの首がぐるぐるぐるぐる…。
「なんと挿入後に2本の耳があそこの中で大暴れ!貴女をめくるめく絶頂へ!」
「………」

 は無言で銀時の腹に蹴りを入れ
「グフォッ?!」
 銀時が悶絶して動けないうちに、手からうさぎをひったくり、今度こそ外へ放り捨てた。
「ぐあああああああっ!?それ結構高価ぇのにぃぃぃぃぃっ!」
 銀時の手は何もない宙を空しく掴むばかりだった。





 あらためて、ふたりは和室の布団の横へ神妙な正座で対面していた。
 最初に救出されたものとは違う、次に出て来たうさちゃんバイブとも違う、目の前にはやや小ぶりとはいえ紛うことなく男性器を象ったおもちゃが置かれていた。
 成型色は禍々しく黒く、竿の部分にはいくつもの突起が仕込まれている。先端は堂々とえらを張り、「うさちゃん」と違って容赦なく猛々しい。

 銀時がずいとひざを進めた。
「銀さんは、こーいうオモチャをおめーに挿れて遊ぶのがめっさ楽しいです!」
 きりり!とヤる時はヤるまなざしで。

「言いたいことがあんならこの際おめーも言いな。いつもいつもおもちゃの何がそんなに気に入らねーの」
「だったら言わせてもらうけど…」
 同じくもひざを進めた。
は、こーいうオモチャで遊ばれるのがごっさキライです!」
 きっ!と受けて立つ。負けるものか。

 しかしそれなりに険しい視線も銀時にはなんのダメージも与えない。ひるむどころか銀時はおもちゃの先端でのほっぺたをぐりぐり突っつきまわすという屈辱的な狼藉を働いた。
 ぷにぷに。ぷにぷに。
「おう。そりゃもうわかってんだよ。だから何がどうキライか言ってみろっつの」
 ぷにー。
「うっ?うぅ…、うぅぅぅ〜…?えーと、えーと…まず痛い」
「マジでか!?」
 想像もしていなかったらしい。

「なっ!なによう!銀ちゃんってホントの言うことなんにも聞いてくれてないのねっ!いつも痛い痛いって言ってるのにっ!」
「ありゃあ『もっとして』ってイミだと思ってた」
「ああああ!もうこの男ヤダ!『痛い』は『痛い』でも、もっとしてほしい『痛い』とは違うの!」
「ほう、もっとしてほしい『痛い』もあんのか」
「!!!」

 一気に耳まで赤くなった顔をが手のひらでぺたりと隠した。銀時はそこを畳み掛けるようにニタニタと身を乗り出してくる。
「うんうん、たとえば何?もっとしてほしい『痛い』ってのはどんな?」
「い、今はそんな話かんけいないでしょっ」
「言えコラ」
 バイブの先端で頬をむにーっと。
「うぅぅぅぅ…だ、だから…、つ、つ、つながって…」
「え?聞こえねぇ!」
「ぎっ、銀ちゃんのアレがっ、中に入ってる時、とかに、おしりひっぱたかれるの、とかは…、イヤじゃない…、つーか、もっとしてほし…」
「…お前何言ってんの?」
「…………………っ!」

 冷ややか過ぎる銀時の声にが沸騰した。
「うううう裏切り者ぉぉぉっ!」



「と、とにかく!そういうおもちゃって硬くて痛いからキライ!中に入るとあそこひりひりするの!あと、入れる時苦しくて息が止まりそう!あれもイヤ!」
「え〜?でもさ、つーかさ、つーかさ、銀さんのナニだって硬ぇしでけーよ?」
 銀時は嫌がるの手を取り、性器そのものの形をしているおもちゃを無理矢理持たせてやった。
「ほらこれ、ぎゅーって触ってみ。銀さんの銀さんはそれよりふにゃチンだっつーの?細いっつーの?小せぇつーの?」
「それは…」
 思わず男根を握りしめるに、銀時が胸をかきむしっていた。
「きゅんきゅんすんなぁぁぁっ!」


「そ、そうじゃなくて!銀ちゃんのはこれよりずっと大きいし、硬いんだけど、でも違うの!銀ちゃんのアレは、に合わせて引っ込んでくれるってゆーか…だからこう…」
 説明のほうに気をとられ、とっさには羞恥心も忘れて夢中になっていた。
 ぷくぷくとした短い指で、おもちゃの竿を包み込みながら。
「あーなるほど。締めたりゆるめたりしてるその手はおめーのあそこをあらわしてるわけね」
「ひっ?!そっ、そそそ、そんなつもりじゃ…!」
 驚いておもちゃを投げ出そうとするのだが、その手はもちろん止められてしまう。
「こらこらちゃんと説明しろ」
「したよ!今したよ!」
「太さは?なぁなぁ銀さんのはもっと太いよなァ?」
「う…」
「なァ?!」
 そこは銀時もちょっぴり必死だ。

「うん…、ふ、太くて、おっきいよ…」
「どんくらい?」
 手がふんわりと開かれて、棒の周りでひとまわり太い丸みを作った。
「このくらい…かな?」
「カリは?」
「かり?」
「先っぽの笠になってっとこ」
「もっと大きくて、広がってる…」
「そうだろうそうだろう」
 なぜかご満悦の銀時にが首を傾げた。
「なんなの?そこが大きいと偉いの?」
「うるせーな」


 怒ったように口をつぐむものの、それは色々…あれやこれやと、考え込んでしまった顔だ。
 いつの間にやらの目はふわふわと熱にうかされていた。
「銀ちゃんのは、ぜんぜん痛くなくて…。ときどき、その…いつもより硬かったり、大きかったり、あ、あと、がまだそんなにやわらかくないときに押し込んで来たり、するけど…でも、それはイヤじゃないの…」
「ふーん?銀さんのアレがそんなに好きってか」
 そんな話をしてたんだっけ?と疑問に思うより早くうなずいていた。
「うん…」

 不釣合いに真剣なまなざしが、銀時をせつなく見上げていた。
「銀ちゃんだって、そうでしょ?違うの?」
「ん?」
「自分で、ん中入る方がきもちよくないの?」
「あー?どうだろなぁ?どっちも捨てがたいな」
「もう。ばか…」


 はその手に持たされていたおもちゃを両手で握ってみせた。冷やかすようなからかうような銀時の視線は承知の上だ。
 むしろその目で視線をとらえ、銀時の目を口元へまるで誘うかのよう。手にしたモノへ唇を寄せると先端を舌先でぺろりとした。

 ぴくりと銀時の眉が動く。
「ね?こんなの…。銀ちゃんだって、こんなのぜんぜんきもちよくないでしょ?」
 今度はもっと大きく舌を出して舐めた。銀時によく見えるように、舌だけではなく顔から上下に動かした。
 挑発的に目を合わせ、それから口に含んでみせる。
 わざと口の中を水っぽく、じゅるっ、じゅるっ、ちゅぼぼ、と音を立てるのも銀時を羨ましがらせるため。

 口を離すとよだれが一滴、黒い棒の上をつつーと滴った。しずくが手元へ垂れないうちに、急いで下から舐め上げる。
 溶けたアイスにするのと似ていた。
 アイスとひとつ違うのは、手はまっすぐに棒へ添えられ、決して動かないところ。
 おもちゃは常に天を向いてそそりたっていた。


「どーしてもおもちゃで遊ぶって言うなら、にもかんがえがあるんだから」
 棒の側面を唇が這った。
「もうこういうコト、おもちゃにしかしてあげない」
 ふたたび唇は先端へ。大きな口を開けてぱくり。カリ首までを一気に含んだ。
 中で吸い上げる感触も「見える」よう、ぺこんとほっぺたをへこませる。

 ちらりと上目遣いに覗くが、銀時にはまるで困る様子がない。とは逆に伏し目がちに、癪に障る目が見下していた。
「まァそれはそれで」
「ほえはほえ…?」
「ほら」
 口いっぱいに頬張っていたおもちゃを取り上げられてしまった。の中から引っ張り出された偽の棒は、その表面をてらてら光らせ、だらしなく細い糸を引く。

 ぽいと布団へそれを放りだすと、銀時は空いたの手を掴んで自分へ引き寄せた。
「…あ」
 気づいてが口を引き結ぶ。
 連れていかれた股の間で、の手のひらは間違いなく、とても硬いものに触れていた。


「…銀ちゃんのえっち」
 からかうつもりで笑ってやったのに、銀時自身は悪びれる風もないのが憎らしい。子供にするように両脇へ手を入れ、は抱き寄せられてしまった。
「銀さんの、でーっかい愛をナメんじゃねぇってことな」
 苦しいほどに抱きしめられて身体の力が抜けていく。
 そのまま銀時はを道連れに布団の上へ転がった。





「…は、ふ。銀ちゃん…」
 布団を乱し、足が、身体が、からみあっていた。ねだられるまま銀時が薄く開いた唇を吸う。

 だが、寝間着の裾を割ろうとした手がどういうわけかふと止まった。
 組み敷いたが身体の下で不自然に足をばたつかせているようなのだ。
「ん?」


 ちらりと足元へ目をやって、銀時は思わず笑ってしまった。
 のつまさきは一生懸命、さっきのおもちゃが見つからないよう遠くへ遠くへ蹴飛ばしていた。