「試しにいっぺんヤらしてくれねーかぃ」
「は?」

 まだ日も高い時間から、他のお客も何人もいるだんご屋の店先での暴言だった。店中の客がぎょっとした顔で注目したが、声の主を認めると全員がなーんだ、と途端に興味を失った。
 有名なサド王子が例によって看板娘をからかっているのだ。
 もいつものようにお盆で殴って叱り飛ばそうとしたけれど、それにしては総悟の口ぶりが神妙なのが気にかかった。
 だいいち総悟はこの手の生々しい冗談は言わない。彼の中にはきっちりと揺るがない線があって、決して「沖田総悟」という枠から出ないよう、頑なに身を守っているのだ。
 それが今日に限って。
「いきなり何言ってんですか?」
 顔を覗き込むを、正面から見れずに逸らした視線はさらに「らしくない」
 言ったらきっと怒って帰ってしまうだろうからは黙っていたけれども、総悟の可愛い顔がだいなしだった。肩を落として萎れてしまって、誰かさんに叱られた後だろうか。
 ヤらせろなんていうのは問題外だが、それ以外のことならおねーさんなんでもしてあげるのに。

 実際にはお姉さんどころかの方が年下だけども、なだめる声は自分でも少しツッコみたくなるくらい、必要以上にお姉さんぶっていた。
「少し落ち着きましょうね?どうかしたんですか?仕事で何かイヤなことでもありました?誰かに意地悪されちゃったんですか?」
「ヤらせちゃくれねーか、やっぱり」
「あのねぇ…」
「…俺なんざァ嫌いだってんだな、そーかぃ、わかりやした、あんたの気持ちはよーくわかりやした」
 きびすを返そうとした総悟をが慌てて引きとめる。
「いやいやいや、待って待って待って!」
 まさか総悟を嫌ったりしない。するわけがない。
 この店でも一、二を争う古くからのありがたい常連客だし、それにこの気難しい少年を上手にあしらえるのは、昔馴染みの人々を除けば自分くらいのものだとは密かに自負している。
 無理を言われるのも悪戯されるのも、それは懐かれている証拠だと内心鼻も高いのだ。
 傷つけたくないし手放したくない。総悟は大事な可愛い弟で、友達だった。


「ちゃんと聞いてくださいね?沖田さんのことはちっとも嫌いじゃありませんよ?沖田さんってすごく男前だし収入あるし根は真面目だし、『いい人』ですもん」
 出た「いい人」。女に向かって「チャーミング」と言うのと意味は同じ。何を言ってやがんだという白い冷たい目で見られた。
「けど私には銀ちゃんがいますから」
「………」
「頭の先からつま先まで、私はぜーんぶ銀ちゃんのものなので、沖田さんとなんにもするわけにはいきません」
 わかってもらえます?言葉を選びながらゆっくりと、は噛んで含めるように言った。大丈夫、総悟を否定することなく、それでいて一縷の希望も持たせないようきっぱりと断れているはずだった。

「そーかぃ。あんたぁダンナのものだってかい」
「そうそう」
 念を押されて頷いてみたら、嬉しくての顔が笑った。うふふ。って銀ちゃんのものなんだー。
「頭の先から尻尾の先まで、な」
「尻尾はありませんけど」
「いっつも振ってるじゃねぇか」
「?」

 ともあれ総悟が納得してくれたようでもほっとひと息ついた。きっと仕事でイヤなことでもあったんだろう。今日は甘いものをおまけしてあげよう。
「じゃ…」
 がし。
 ところが奥へ下がろうとしたの、手首を総悟が捕まえた。
 さっきまでの浮かない顔はもう消えて、いつも見せる不敵な笑顔だ。元気が出たのだとも喜んでやりたいところだったけれど。
「ど…どうかしました?」
「てことはダンナのお許しさえ出りゃあ、いいんだな?」
「はい?」

 総悟に腕を掴まれて、はずるずる表通りへ引きずりださそうになった。
「ま、待ってくださいどこ行く気ですか?!あの、すみませんっ、お店っ!お店放って抜けられませんわたしっ!」
「そんなもんほっときな」
「そういうだらしないの大っきらいなんですっっ!」

 じゃあ、と総悟は、だんごをつまんでいた娘客に白羽の矢を立てた。白羽…というか、白刃。
「お前しばらくここの店番してやがれ。帰って一銭でも勘定があわなきゃ叩っ斬るぜ」
「…は、はひっ」
 短いポニーテールの娘は喉元に光る刃を見つめて目を回しそうになっていた。
「ちょっと沖田さんっ?!」
「これで文句ぁねーな?」
「いや、ありますよ!何言ってんのあんた!?」
 けれど総悟に抗えるはずもなく、客たちが同情の視線を寄越す中をは引っ立てられていった。目指すはおそらく、「万事屋銀ちゃん」。考えるだけで気が重い。
 ああまた銀ちゃんに怒られる。沖田さんも一度叱られてしまえばいいのだ。あれで銀ちゃんは怒るとすごーく怖いんだから。







 間の悪さには泣きそうだった。
「………んあー?何?」
 万事屋の事務所に着いてみれば、銀時は昼日中からぐでんぐでんに酔っ払っていた。
 だらりとソファに寝そべって、つまみもなしに安酒をコップでやっている。とろんと半開きになった目がを見上げて…
 …とてもとてもまっとうな人間には見えない。
「やだぁ!もう、どうしたの銀ちゃん昼間っから」
「ひと仕事終えて祝杯でーす♪銀さん自分にご褒美?」
「ご褒美ならもっといいお酒飲みなよう!もうっ」

「お?どしたぁ、誰かと思えば沖田君じゃねーの」
 銀時は後ろの総悟に気づくと機嫌よく「よっ」と手をあげた。
 の喉が石でも飲み込んだように詰まる。なんだかイヤな予感がした。

 総悟も総悟だ。
 気を張るでもなく突っかかるでもなく、眉一つ動かさずにさらりと言った。


「姉さん貸してもらえやせんかダンナ」
「は?」


 …本当にイヤな予感がした。



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