足手まといさえ居なければ、一人なら追っ手もかわしきれていたはずだった。


 神田は痛む頭を振った。
 頬にかぶさる鬱陶しい髪をどうにか振り払いたかったのだが、血にまみれた長髪は硬く乾いて彼のこめかみに貼りついてしまっている。
「…ちっ」
 舌打ちの音が暗闇に吸い込まれて消えた。
 手で払うというごく当たり前の動作が、今の彼には許されていない。



 おそらくは部屋…なのだと思う。
 暗く暗過ぎ、床と壁との境も判然としない漆黒の中央。硬い木椅子に神田は座らされていた。
 両手は背もたれの向こう側へひねられ、金属の枷に縛られている。同じく黒光りする枷が、彼の足を左右それぞれ椅子の足へ縛り付けていた。
 何度か暴れてはみたが、拘束が解けないのはもちろんのこと、その椅子はまるで床から直接生えているようで、椅子ごと倒れることすらできなかった。

 神田はそれ以上無駄に動くのを止めた。





 時間の経過も定かでない中、ふと胸の中に不安がきざした。
 「足手まとい」のアイツは、ちゃんと逃げおおせただろうか。

…」

 無意識に、彼女の名前をつぶやいていた。


 すると突然、唐突に。
 その少女は神田の前に
 居た。





 黒い空間に黒い服。それなのに決して周囲に同化することなく、少女は神田の目前に立っていた。
 そうとわかる団服は身に着けていないものの、シンプルな黒いワンピースに、一つだけあしらわれた銀色のボタンが、控えめに彼女の身分を明かしている。

 神田と共に、今回の任務にあたっていたエクソシストだ。


 は場違いにも思える穏やかな顔で神田を見下ろしていた。明るい栗色の髪が、暗闇に映えそこだけ輝いたように見える。
 彼女の無事な姿に安心し、その反動で神田は猛烈に苛立った。
「ば…」
 やっとのことで声が出る。
「バカヤロウっ!俺を助けに来る暇があったらさっさと逃げろ!」


 自分の思わず放った言葉に神田は疑問ひとつ抱かなかった。がここに居る理由はそれ以外にはありえない。
 この娘はそういう人間だ。自分の身を捨ててでも他人を庇う。どうしようもなく甘い。
 戦場には向かないと思っていた。
 現にこの娘のかけたくだらない情けのせいで、彼はこうして窮地に陥っている。





「おーやおや♪ずいぶん自意識過剰な人ですネ」
 耳障りなその声は、彼の真後ろから聞こえた。とっさに神田は不自由な首を振り向かせる。
 しかしそこには深い闇が広がるだけだ。

 怪訝な顔をゆっくりと前方に戻すと、の背後に、が現れた時と同様に、丸いシルエットが唐突に居た。
「………っ!?」

 尖った耳、裂けた口、怪人めいた風貌に、逆上した神田はを怒鳴りつけた。
っ!俺はいいって言ってんだろうが!早く行けっ!」
 だがは、むしろ神田の剣幕に怯えたように、姿を現した異相の人物…千年伯爵の後ろに隠れた。



?…なんだ?どういう…?」
 何が起きているのか理解できない。いや、頭が理解することを拒んでいる。
 神田は最もわかりやすく、安易な説明を自らにした。
っ!目ぇ覚ませっ!っ!」

 敵の手に落ち、操られているのに違いない。
 ガシャンガシャンと鉄の枷が鳴る。椅子も手枷もびくともしない。だけが青い顔をして神田を避けた。


「躾のできていない犬ですヨ☆ こんな連中に囲まれて今までさぞかし怖ろしかったデショウ、たん?」
 伯爵の太い胴の陰で、がこっくりうなずいた。庇護者をやっと得た子供のように、彼女は見たこともないような、くつろぎ安らいだ顔をしていた。
…?」





「始めましょうカ☆」
「はい」

 呆然と、言葉を失くす神田へ向かい、は一歩を踏み出した。
 お辞儀をするように身体を曲げ顔を寄せ、唇で彼の口を塞いだ。
「…っ?」
 ぞっとするほど冷たい手が神田の頬を挟み、つかまえる。
 人の手とはとても思えない、体温をかけらも感じさせないその手ざわりが、だが何故か身体の奥に火をともした。
 の手を源に、奇妙な痺れが身体中へ広がる。

 どくんと。それまで打つのを忘れていたような、彼の心臓がその時スタートをきった。



 舌の先端が中へ差し込まれる。ちゅ、ちゅ、と控えめに音を立て。積極的なのに物慣れないやり方で。
 やがての唇は、神田の頬をぺろりと舐めた。ぺろぺろと、何度も舌を往復させると次は額を。そしてこめかみを。
 彼の負った傷口を舐めているのだ。
 固まった血を丁寧に舌でこすり舐め取られると、ぴりっとかすかな痛みが走った。

 彼の血で口の端を赤く汚す、に神田は胸騒ぎを覚えた。



「……お前は…」
 何者だ?
 教団の誰をも欺くほどに、巧妙に人間の皮を着たアクマなのか。
 あるいは、ノアと呼ばれる敵の眷属。

 口の中に消えた疑問の核心に、でなく伯爵の声が答えた。
「イイエ♪彼女はヒトですヨ」
 ククク。残念でしタ♪
 伯爵のこぼした含み笑いはやはり闇の中へ吸い込まれた。





「他の場所も舐め舐めしてあげなさイ☆」
「はい」
 しかしはその前にまず、重そうなスカートをたくしあげ、慎み深く身体を覆う、中の下着を両手でずらした。
 ほう、と伯爵が感心してみせる。
「よく気がつきましたネたん☆ 焦らすのは結構ですが、もたついてしまっては興醒めでス」


 右足を抜き、左足を抜くと、は戸惑いがちに下着を放り捨てた。
 困ったように俯いて、うっすら頬を染めるに神田の胸は締めつけられた。
 間違いなく、これは神田の知るだ。

 素朴に神を信仰する、敬虔な少女。彼女の柔らかな微笑みに教団の人間は救われていた。
 誰もが彼女に、故郷に残してきた娘の、恋人の面影を重ねて愛した。
 その彼女だ。

「やめろ…」
 こんな暗闇も、男への奉仕も、彼女にはまるでそぐわない。
 だがの手は、迷うことなく彼の下半身に伸ばされた。
「やめろ…っ、やめろっ!」
 細い指が下穿きの中から神田自身を取り出した。



「お座りなさイ」
「はい」
 伯爵の指示どおり、は神田の足の間にひざまづいた。取り出してみたはいいものの、これからどうすればいいのか、は持て余しているようだった。

「こうデス」
 伯爵はを後ろから抱くように座り、両手で上からの手を包んだ。
 ちゅっ、と愛情たっぷりに後ろから髪に口付けられてが照れくさそうに笑った。その表情が自分ではなく、別の男に向けられていることが、何故か神田を苛立たせる。


「さあさあ、お手々を動かさないト」
 の手に、伯爵は神田の性器を握らせた。
「上下に、しこしこ、ほらネ、だんだん大きくなってきますヨ?フフフ、面白いデショ?」
 教えられたことをそのままなぞり、が上下に手を動かした。
「時々、根元を…」
「……くぅっ!」

 棹の根をきゅうっと握りしめられ、喉の奥から犬の甘えるような声が漏れた。
 髪を振り乱す神田を見て、伯爵がニタリと口の端を上げる。屈辱に顔が焼けついた。

 自分が正気とは思えない。見るからにぎこちないの愛撫が、驚くほどの性感をそこへ与える。見る間に硬さと張りが増していく。
 唇を噛みしめても噛みしめても、漏れ出す声を止められない。

 妖しげな術にかかっているに違いない。せめて、と伯爵を睨みつけようとして、それもできなかった。
 が突然、神田を口に含んだのだ。



「おお!それも自分で気づいたンですカ?偉い偉い♪
 そうですヨ、男はたんのような女の子に、おクチでされたいものなんでス☆」
 伯爵の手はの頭をいとおしげに撫でた。

「先っぽを舌で舐めておやりなさイ。ぺろぺろ、そうそう。お上手ですネ。
 では次は、お口に入るだけ頬張ってみまショウ♪
 おやおや?そこまでしか無理ですカ?
 たんのお口は小さいですからネェ。
 どれ、もうちょっとだけ頑張っテ。根元までごっくんできるかナ?」


「うえっ…」
 言われた通り奥まで呑み込もうとして、できずにはむせ返った。
 吐き出された男根は唾液でてらてら濡れ光っている。
「もういい、もう…、やめろ、…」

 冷たい声が突きつけられた。
たんの名を、お前ごときが気安く呼ぶんじゃありませン」
 形は弓なりに曲がっていたが、目の奥は決して笑っていない。





 両手の指先で捧げ持ち、丁寧に裏側を舐めあげる。清楚な口が先端を含み、中でも舌を上下に動かす。
 萎える気持ちとは正反対に、神田の肉体は快感を訴える。背筋をぞくぞくと悪寒が走り続けている。
 付け根にはどろりとした、欲望の塊が溜まりつつある。
 が細い指で握りしめるたび。根元に力を込めるたび。

 小さな口がちゅっとすぼまり神田の男根を締め上げた。
「んっ…」
 犯されている女のように、なまめかしい声があがる。
「あ…っ、やめろ、…もう、もうやめろ!っ…!」

 せりあがる、こみあげる感覚に自分でも気づいた。だがこのままの口の中に、こんな汚らしいものを放つことだけはできない。
 神田は拘束された体を夢中でひねった。椅子ががたがたと音ばかりうるさい。
「くそっ…!もういいっ!離せっ!離しやがれっ!」
 力の限りの抵抗が功を奏し、ちゅぷん、との口の中から神田のものは解放された。
「くはっ…!」
 せき止められていたものが、気の弛んだ瞬間に大きく弾けた。

 どぷっ。
 白いしぶきが先端から大量に射出される。
 濃厚な粘液はのあどけない顔にたっぷりと飛び散った。





「………」
 は真っ直ぐ前を見たまま、きょとんと目を丸くして、自分が何をされたのか、すぐにはわからないようだった。
 とろりと顔の真ん中を白濁が一滴伝い落ちる。
 それはの黒い服に落ち、白と黒は、汚物とは思えない美しいコントラストを描いた。

「あぁ………」
 神田の顔が苦々しく歪む。
 とうとうに。
 なんてことを。



「ぷっ…!」
 破裂する哄笑。の背後の怪人が大きく体を揺らしていた。体型に似合わぬ甲高い声が、この時ばかりは吸い込まれずに辺りへいつまでも響いた。

「ホホホホホホホ!なんてひどイ!ひどすぎますヨアナタ!顔面シャワーデスカ?!ホホホホホホ!
 そんなコトまでたんに望んでいたんですカ!?」
「…ふざけるなっ!俺は…」
 気だるい体を奮い立たせ、どうにか抗う。
 だがそれ以上言葉は続けられなかった。


 の指が、顔の精液をすくい取った。
 神田の排泄物の付いた中指を、ためらいもなくぱくりとしゃぶった。
 神に祈りを捧げる口が。


 神田はごくりと唾を飲んだ。
 たった今放ったばかりの神田のものに再び勢いよく血が巡った。
 むくりと力を取り戻しつつある、それを見られれば言い逃れのしようがない。
 の顔を汚したことに、彼がひどく興奮していると。



「さぁたん」
 公がとうとうに促した。神田が最も恐れていたこと。

 は立ち上がり、神田をまたいだ。
 逃げようとしても体が意のままにならない。彼の男は彼女の中に自分の印をつけたがっている。
「やめろ…」

「さあ、もっともっと、そいつに汚されてやりなさイ」
 楽しげな伯爵の声に、は小さく頷いた。
「やめろっ!!」





「嘘」

 が初めて神田に答えた。
 見上げた目の色は吸い込まれそうに深かった。

「知ってるよ」
 入り口にぴたりとあてがわれる。
 手を添える必要はなかった。既にそれは天を向き屹立している。
 は神田の肩に両手を置いて、何かを待つように彼の目を見つめた。
 下では神田の先端が、の濡れた場所に触れている。

 身体がとてつもない渇きを感じ始めた。
 その場所の湿り気が、水気が欲しくてたまらない。

「よせ…」
「私に、こうしたかったんでしょう?」

 先端だけが呑み込まれ、神田の腰が意志とは関係なしに突きあがった。
 だがその分だけが腰を引く。

 欲しければ、認めろと。





「…
 強烈な渇きが思考を邪魔する。
 喉をそらし、口を開け、ついに神田は自分からの唇を求めた。

 待っていたように唇が重ねられる。
 同時に。ぬぷっ、と。
 温かく濡れそぼった管が、神田の全てを包みこんだ。

「く…っ」

 繋がった部分が蕩けそうに熱い。
 激しく腰を突き上げる。よがる声をもう止める気もない。
「は…っ、うあっ、あぁっ…あっ、あっ」

 はぁっ、と大きく息を吸い、同時にと視線が絡まる。
 彼は気づいた。ずっと以前から自分は。

 聖女ヅラしたこの娘の、の中身を目の前に暴いてみたかった。
 誰もが愛でていたを、彼の手で無残に犯したかった。



 澄んだ水色の瞳は、優しく神田を赦していた。

「私は、知ってたよ」






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−