冬が終わり、中途半端に日が長くなった。
もうあとわずかで閉店なのに日が傾いて遠くに落ちて、店内はやや手暗がり。さてと明かりを灯そうか。それとも少し早いけれども店じまいにしてしまおうか。
こんなときはほんの少し悩む。
残るお客はあとふたり。片方は三日と空けずに来てくれる超のつく常連の女学生。もう一人も最近よく見る若いお兄さんだ。女の子とは気心の知れた仲だし、お兄さんはおとなしく優しそう。奥の部屋には銀時だってどっしり控えてくれていたから、まだまだ仕事中にもかかわらず、正直は油断してしまっていたのだろう。
やがてお兄さんの客が帰り支度をはじめた。
「ありがとうございましたぁ!」
威勢良くがお会計に向かうと、男が革のかばんを開ける。
しかし取り出したのは財布ではなく
「あぁそうだ。その前にこれ」
「はい?」
営業用の笑みをくずさず、は小首をかしげてみせた。
現れたのは、手のひらにすっぽり握り隠せるくらいの小瓶だ。コルクのふたをきゅぽんと抜くと、男は瓶を逆さにした。
瓶の口から白いものが、重そうに糸を引いてたれる。
半固形といってもいいくらい粘り気の濃いその液体は、の手のひらの小さなくぼみへ、ぼたぼたぼたっと落ちて溜まった。
手の上でぷるるんと揺れそうな白濁に、はぽかんと目をこらした。
「それ」が「何」なのかはすぐにわかった気がしたが、お兄さんの顔はあまりに静かに微笑んでいるだけだったので、これはなにかのカンチガイかと、とっさに自分の頭のほうを疑ってしまったのだった。
けれどそのうちぷんと漂ったケダモノじみた異臭は、それは。
やはり疑う余地もなく。
小瓶の口が今度はのすぐ目の前に迫っていた。
がたごとがたっ!
机をひっくり返したとおぼしき音で銀時は目を覚ました。
続いて、若い娘の口から出たとはとても思えないガラの悪い罵声。「何してやがんだてめぇぇっ!」
その声には聞き覚えがある。になにかとご執心の生意気な小娘のものだ。
身体を物憂げに起こし、銀時はのんびりあくびをひとつ。それからくせ毛をくしゃくしゃとかきむしりながら土間へ下りた。ブーツを履くのも面倒なのでそのへんの下駄を適当につっかけ、なんなら背中もぼりぼり掻いて、これ以上なくくつろいだ姿勢で。
急ぐ必要は感じなかった。今いる客は確かその小娘と、ひょろひょろした気の弱そうな男。物騒なことの起こりようがない。
「もしもしお嬢ちゃーん?困りますねぇ。騒ぎてぇならよそ行って…」
しかし店へののれんをくぐったとたん、予想もしない惨状に二の句が継げなくなってしまった。店中の椅子と机はめちゃくちゃになぎ倒され、嵐の中心らしき場所ではくだんの娘がもうひとりの客を、今まさに暴行中だった。
銀時が目にしたのはちょうど、娘の下駄が倒れた男の股間を踏んづける瞬間。
「………!!」
「うわっ…」
声も出せず悶絶する様に、同じ男として目を覆った。
ところがそのすぐ傍にがうずくまっている。かたかた震えている小さな背に、かなり遅れた今になってようやく銀時の気がひきしまった。
何かただならぬことが起きていたらしい。
「おい、どうした!?!」
「あはは…銀ちゃん…それが…はは…」
震えながら笑うの代わりに娘が吐き捨てた。
ここに寝ているキチガイ男が、何日も何日も溜めた精液をにぶっかけた。
「な…………」
間抜けな大口を開けたきり、銀時の顔は戻らない。
見ればは地面に手のひらを、すりおろすような勢いでなすりつけている。
しかし銀時が我を失い男に跳びかかるより早く、常連客の小娘が、今度は矛先をこちらへ向けた。
「笑わせるし!何が用心棒?!この役立たずっ!!」
出鼻をくじかれ、その上返す言葉もなく、とりあえず銀時は男のほうをつまみ出す。
二度とふざけた真似のできないよう念入りに腹いせと報復をして、店へと戻ってきてみると、うずくまるの肩を抱き、娘が気味の悪い猫なで声を出していた。
「だいじょーぶ?お姉さんだいじょうぶ?キモチ悪かったよね?かわいそーに」
「…今日は店じまい。お前さんも帰んな」
「もう大丈夫よあの野郎アタシがボッコボコにしてやったし!」
「おい!」
「あはは…ありがとうございました。…もうだいじょうぶ」
「でも」
「アレもし顔についてたら、いくらなんでも泣いてたかも。ほんと、ありがと。おかげで助かりました」
銀時の声には完全無視を決めたその娘は、に言われると渋々立って名残惜しそうに店を出た。
最後に薄く細くした目で、軽蔑の気持ちもあからさまに、銀時へ一瞥をくれてから。
それがこの日のまずは一幕目。
流しの水音はじゃばじゃばと、もう長いこと途切れない。何度も泡をたてては流し、がいつまでも手を洗っていた。
「あははははーもう、やだぁあははははは…もぉ、ぜんぜんきれいになった気がしないよう」
「…なに笑ってんの」
泣き笑いとはわかっていても、ふざけた口振りが癇に障った。
しかしそんな自分を銀時は即座に戒める。
いやいやいやいや、いかんいかんだろ。怖い目見たのはなのに、銀さんが何をイライラしてんの。
自分のことだ、苛立つ訳は心得ている。あの小娘の帰り際にくれた蔑む視線が、目に焼きついて離れないのだ。
だがは銀時の低い声を額面通りに受け取って、しょんぼり肩を落としてしまった。
「ごめんなさい…」
「あ、いや、別に、違う違う違うそうじゃねぇ、銀さん別に…」
「あ、あの、あのさ、銀ちゃんさ…」
「あん?」
流しの水をやっと止め、銀時の向かいへが腰をおろした。ふと見るとなにか言いたげに、しかし言えずにもじもじしている。口にするのに大変な勇気の要ることであるらしい。
「なに」
「おだんご、今日は食べないの?」
「は?」
ちゃぶ台の上の皿は手付かずだ。店の余りものはだいたいが銀時か神楽のおやつになる習慣。しかし今そんな気分になれるか?
「…やっぱり、きたない?」
「へっ?なにが!?」
思わぬ斜め向こうからのひとこと。冗談抜きに意味がわからず思いきり訊き返してしまった。
「その…、だって…、ヘンな人の、アレ…。だから…、そんな手でさわったおだんごだから…」
「は………?」
なるほど理解はできたものの。
「いやいやいやいや待て待て何そのケガレ思想おかしいだろ!お前そりゃとんだ危険思想だよ?!んなこと言ったら風俗のお姉ちゃんたちどうなんの!ここの客にもいくらでも居るじゃん、あれきたねーのか?んなわけねぇだろ?」
だいたい…と、いつものようにたたみ掛け、このバカ娘を丸め込んでしまおうとしたのだが、そう言う銀時の声も、いつか尻すぼみに消えていた。
かわいそうにうなだれるの頭を見てしまったら。
「………」
それにくわえて銀時が口を開こうとすると、頭の中であの小娘がひややかに水を浴びせてくるのだ。「えらそーに。役立たずのくせに」
何度も声を出そうとしては喉を詰まらせ、どれだけ時間がたったことか。
背中にじわじわイヤな汗がしみてきた。
口の中の苦い唾を飲み下した。
むずむずと落ち着かない尻を、何度も何度も座りなおして「あぁぁぁぁぁもぉぉぉ…」と髪ふりみだす。
ついに銀時はあきらめて、得意の舌先三寸を放棄した。
「ちょ、来いオラ」
「は?なに、やだ、やだよ」
ぐいと手を引き抱き寄せて、くるんと転がし組み敷いた。
身体の下でが暴れる。あたりまえだ。
「ちょ、ちょっちょっと、銀ちゃん、いいよ今日は、そんな気分になんないようっ?」
「るせーな、いいから足開けほら」
「やだやだ」
「いいから!言うこと聞けっつの!」
全身でを押しつぶす。嫌がって逃げるその手首を、血が止まるほどきつく握りしめる。
そして痺れてやんわり開いた手のひらを、銀時は舐めた。
ぺろりと。
「やっ?!きたな…」
「きたなくねぇって言ってんだろっ!」
指の一本一本を順に口へ入れしゃぶり倒し、べとべとによだれをまぶしていく。指と指との谷間へも舌を潜らせるように。
の身体がかちんかちんに硬直しているのがわかった。
ふたたび手のひらへと戻り、銀時はその真ん中を、窪みにたまった見えない何かをすくうようにひといきに舐めあげた。
「いっ…」
「イヤじゃねーの」
縮こまる身体、とっさに引っ込もうとする腕をゆるさない。逃がさないよう厳重に捕まえ、自分の唾液にを浸しつくす。
濡れて光る手をへかざしてもう一度、間近で見せつけるように舌を這わした。
「銀ちゃん…」
「ほら、べったべた」
「うん…」
「何がついて濡れてんの」
「……銀ちゃんの」
口元へと手を押しだしてやると、はかたつむりの這ったような、銀時のつけた跡をなぞって自分で自分の手を舐めた。
銀時の舌との舌が、かわるがわるにひとつの手のひらを舐め回す。ふっくらと白い子供じみた手は、今では自ら分泌しているかのように生温かい唾にまみれていた。
「なんか…へんなの…」
薬を盛られた時のような熱ぼったい目をが泳がせる。銀時の手がいつの間にやら帯へと伸びてもぼんやりして、抵抗など思いもしないようだった。
着物のすそをはだけられても、生の腿が奥まで露わにされても、両足は力なく投げ出されているだけだ。
薄過ぎる反応がさすがに不安でこわごわ銀時がうかがうと、目と目の合ったその瞬間、はなぜかこちらを見てきょとんとした。
それからやがてその表情が、身体の緊張ごとくにゃりと弛む。
和らいでくれたの様子に、ようやく銀時も軽口をたたけた。
「濡れてねぇ…みたいだけど…あのー…」
「じゃあ、銀ちゃんがよく濡らして」
優しげな苦笑いがお許しをくれた。
やっと元通りに笑ってくれたがどれほど銀時をほっとさせたか。
うれしくなってそのあまり、一足飛びに性急に、銀時は茂みへ鼻面をつっこんだ。頬を細い毛にくすぐられながら、まだ熱のないのそこへ、今度は自分の指をしゃぶって濡らすと根元までずぶりと挿し入れた。
「んんっ…」
せっかく弛んだ身体がこわばり、がびくりと腰を浮かす。
が、それを気遣うより先に、銀時は思った。そうだ着物を脱いでおこう。
あわててベルトと帯を引っ張るが、指がもつれてうまくほどけない。しまいに頭へ血が上り、どちらも力づくで引っこ抜いた。脱ぐというより剥がした着物も、丸めてすみっこへ放り投げた。
「銀ちゃん…?」
の案じる声。そうだ不安にさせてはいけないと、這い上がりぎゅうっと抱きしめてやる。し忘れていたキスもしてやる。
だがそういえば脱ぐのもまだ途中。片手でを抱いたまま残る手で下着をずらそうとして、それもずいぶんともたついた。
「ん…?」
なんだこれ。
焦って無言でもがくこの無様。なんだこれ?
初体験で焦る童貞くんじゃねぇっつの!
「っと待てよ、すぐ…」
「ん…」
の肌がひんやり冷えてしまっている。
しかしこちらは股間もそれなりに熱く、用意も整いつつあるし、とにかくつながってしまえばいいか。
いいよな?
うん。いいだろう。
冷たく涸れたの入り口へ銀時は自身を突き挿れた。
「………っ!」
がうんと眉を寄せ、顔をしかめた。
しかし少しも抗いはしない。歯を食いしばりこらえる顔を銀時の胸へ突っ伏すところは、そうされるのを悦んでいるようにさえ見える。ほーらもやっぱり欲しがってる。さっさと銀さんと済ませてしまって、何もなかったことにしたいのだ。決まってる。
ぎちぎちとひどく引っかかる通路を、強引に奥へ奥へと進んだ。だいじょーぶそのうち濡れてくる。女のカラダはうまくできてる。
そのうちほじくり返されたとろみが前後する肉棒にまとわりついて、動きもスムーズになった。思った通り。
「いっ、いたっ…い、い、っつっ、んんっ、んっ…」
声はかすれて悲鳴に聞こえたが、けれど繋がりあった部分は十分過ぎるほど濡れてきていたし、硬かった果肉も次第に柔らかくいつもと変わらない熱を帯びて、銀時のものを包んでいる。粘膜は誘うように蠢いて銀時を搾り取ろうとしていた。
頬にひと筋貼りついた黒髪をはらってやる。
「いいだろ」
にんまり、言いきかせた。
銀さんに抱かれて、これでもうヤなことは忘れてしまえる。よしよし、銀さんは上手くやった。こーいう時は銀さんがしっかり慰めてやらないと。
視線を落とすとそこにはの笑みがあって、銀時をほんわか癒してくれた。
はぁ…と熱い息を吐き、小さな身体に夢中でしがみつく。ぐいぐい深く腰を送り込むと、そこまではまだほぐせていなくてを涙ぐませてしまった。
それでもはあくまでやわらかく銀時を身体で受け止めている。
「よしよし。銀ちゃん、大好き…」
あれ?
これ、銀さんが、慰めてんだよな?
一抹の不安がよぎったその時、痛みで歪みそうな顔をふいに、がせいいっぱい笑わせた。
「ねぇ銀ちゃん。もうそんなお顔、しなくていいのよ?」
「銀ちゃんはちーっとも悪くないよ?気にすることなんか、なんにもないのよ?」
「……………え?」
背中をあやす手の感触に、すっと身体が冷えていった。
慌てて自分の顔をまさぐる。ずっと引きつっていたらしいその顔が、だんだんと赤く染まりきり、そして急速に色を失くしていく。
バレていた。
いつからだ。まさか最初から?
「そばにいたのに助けられなかったと、落ち込んでいるこの銀さんを、許して慰めてほしい」
なんて恥知らずにも思っているのが、まさか最初から筒抜けだったのか。
の手が伸び、額に浮いた脂汗をそっとぬぐってくれた。
それから黙って抱きしめてくれた。回した手は髪を撫でてくれた。
身体は熱く柔らかく溶けて、最も深い大切な場所で銀時を包んでいてくれる。
中まで残らず銀時のものにされるのを待っていてくれた。
「………だ、だぁぁぁってよぉおめぇ」
もはや痩せ我慢に意味がないとわかれば、甘える声を抑えられない。ぎゅうううとにすがりつくと、銀時は鼻をぐずぐず鳴らして思う存分泣き言を繰った。
「銀さんここの用心棒なのによぉ…そんであのヘンな小娘がよぉ…」
「そーね、あの子ちょっと銀ちゃんに厳しすぎるよね。銀ちゃんかわいそ」
「だろぉぉぉぉ?」
なでなで。
それで安心した銀時からはすっかり身体の力が抜けた。
ぶるるっと背筋を心地良い震えが走り抜けた。
抱いた身体へ自分の印をつけるように、かくかくと下半身がぶつかる。
そして銀時は溜めこんでいたものをの中へじんわり残らず漏らした。
精の尽きた身体が遠慮なく、の上へと投げ出される。
はぁはぁ切れ切れな息をつく合間に、ため息にも似た情けない声がつぶやいた。
「…」
「はい?」
「…スイマセンっした」
「なにが?」
「…いや、もう…なんか、もう…」
色々と。
「どういたしまして」
鷹揚に頭を撫でられて、大きな図体がまた丸まった。
リクエストありがとうございました!
K様から「ヒロインが変態に襲われちゃって、銀ちゃんが慰めつつでもイライラしちゃって、ヒロイン襲っちゃうみたいな…」でした。
"むしゃくしゃしてやった…"みたくはできなくてごめんなさい。